猿とカラスと猫
雲龍殿が言っていた渡月橋を越えて少し行くとすぐに山に入ることが出来そうだった。
町から少し離れるとすぐに明かりはなくなり、周囲は暗闇に包まれた。
元来、猫は夜行性動物のため、暗闇には滅法強い。教授いわく、人間に比べると七分の一の光の量で充分らしい。
そのため僕たちは何なく山に入り、きのこをはじめ、雲龍殿が食べたら嘔吐しそうなものを選んで、教授がどこからか用意した布の袋に入れていった。
「あまり、遅くなると明日に差し支えます。そろそろ戻りましょう」
花音の言葉に僕は頷いた。
その時、急に周囲の雰囲気が変わった。カサカサと木の枝が揺れる音がする。その音は次第に近づいてきて、キーキーと得体の知れない動物の鳴き声が聞こえてきた。
気が付くと暗闇に小さな点のような光が無数に浮き上がる。何かの動物の目であるのは明らかだその動物は木の枝を揺らしているようだ。キーキーと不気味な鳴き声をする動物はいつの間にか僕たちの周囲を囲んでいた。
「・・・もしかして、猿?」
僕の言葉に花音は頷いた。
「そうね。私も初めてみたけど」
ぼんやりと浮かんだ猿は手がだらんと長くて、人間みたいに足をつかって歩き、不規則な動きで近づいてくる。あまりにも不気味すぎて思わず思わず言葉を失ってしまう。
猿はすぐ横にまで迫っていた。猫の目は暗闇には強いが早い動きが捉えられないという欠点がある。
ガサガサと急に猿たちが動き始めた。このままここにいたらまずい。
「教授、すぐにここから立ち去りましょう!」
僕は教授の方を見た。しかし、つい少し前までに教授がいた場所には誰もいなかった。
「あれ? 教授・・・?」
「山田電機クン、あっち!」
花音が声をあげた。
その視線の先を見ると猿が教授の首根っこを捕まえながら、森の木々をかき分けて、器用に走り去っていた。
教授は抵抗する気力がないのか、気を失っているのか、猿に掴まれてぶらんぶらんと揺れていた。
「か、花音さん、あれは」
「追います。教授を助けるわよ」
花音はすぐに駆けだした。僕もあわててその後を追った。しかし、猿の集団はキーキーキーと僕たちを威嚇する。
花音は猿がなかなか近づけないような木々の隙間を巧妙に縫って教授に近づいていった。「教授、教授!」
花音の言葉に教授は猿に掴まれながら、意識を取り戻した。
「え、ここは?」
教授の言葉と同時に花音が教授を捕まえている猿の足に噛みついた。足の付け根あたりの急所なのであろうか、猿はキーと叫んで教授を空高く放り投げた。
僕は落下点に向けて駆けていく。しかし、猿の方が動きが早い。木々の枝を利用して、あっさりと宙に放り投げられた教授を捕まえた。
次々と仲間の猿たちが集まってくる。僕も花音もなかなか近づけない。猿たちはキーキーキーと教授を囲んで騒いでいる。
恐ろしい。これから何が行われようとしているのか。隙があったら助け出したいが、猿の群れは集まるばかり。僕はおろか今度は花音もなかなか動きだせない。
教授はまた死んだふりをしているのであろうか。微動だにしない。
中心にいた猿がまた教授を掴んでもちあげた。自分たちの住み家に餌を持ち帰る。そんな仕草だった。
さすがにこれ以上はまずい。僕は花音の方をみた。花音は頷いた。同じ思いであろう。策はないが教授奪還のために走り始めた。
僕たちが近づいてきたことに猿たちが気づいて、キーキーキーとわめく。
その時、同じような奇声をあげる動物がいた。カーカーカー。カラスである。観音町、祇園でも散々、嫌な目に遭わされてきたカラスだ。上空の闇に乗じて、その数の多さすら分からない。
猿、カラス、猫・・・。
さすがにこの中では僕たちは不利な状況。 その時、最初にカラスが動いた。カーカーカーと鳴き声をあげる。上空に舞い上がり、急降下して狙う先は・・・猿たちだった。
意表をつかれてなのか、猿たちは混乱に陥る。猿がいかに機動力に優れていようが、空からのほうが圧倒的な有利。空中戦に利を見出したのか、カラスは次々と集まり、猿たちを上空から容赦なく、足の爪で猛烈に攻撃し始めた。雨のように注ぐカラスの突撃に明らかに猿は苦戦していた。しかも、この暗闇だ。戦況はカラスに傾いていた。
僕と花音はそんな様子をポカンと眺めていた。今、目の前で行われているのは教授という『餌』を巡っての猿とカラスの争奪戦。カラスがカーカーカーと鳴けば猿はキーキーキーと全力で応戦する。
「・・・教授、あなたは一体、どれだけ魅力的な餌なのですか?」
僕は思わず呟いてしまった。そんな混乱に乗じて、いつの間にか教授は自力で僕たちのもとに戻ってきた。
「教授、よくぞご無事で」
「怪我はないですか? 大丈夫ですか?」
「うむ」
僕と花音は当然、聞きたいこと、言いたいことは沢山ある。しかし、教授は疲れ果てていた。
「もういい、すぐに戻ろう」
こうして僕たちの命がけのキノコ狩りは終わった。しかし、肝心なのは明日だ。
僕も教授も花音も、まず眠ることにした。




