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妙案

■妙案

 その後、僕たちは雲龍殿が手配してくれた天龍寺の敷地内にある小さな建物で夜を明かすことになった。

 教授、花音はすっかり意気消沈していて表情が暗い。松虫はさっさと自分の寝床を整えて、すぐにでも寝られる準備をしていた。


「しかし、困ったことになりましたね」


 僕は重い空気に耐えきれずに最初に口を開いた。


「ふむむ」


 教授は髭をピクピクして考えこんでいるが妙案が浮かばない様子。


「ごめんなさい、私があんなに強情な態度をとったから。ああいうことになって」


 花音の謝罪に僕も教授も気の利いた言葉を返せなかった。事実、花音が食い下がって雲龍殿の態度が硬化した気がする。


「いや、それはないよ、花音さん」


 松虫が寝床を整えながら口を開いた。


「花音さんの態度は立派だったと思う」


 それに、と松虫は言葉を続けた。


「雲龍殿の言葉からは嘘を感じられなかった。それほどオロチを脅威と感じているのでしょう。恐らくどの訪問者にも同じ対応をしているはず。興味本位であれ、真剣であれ、あのオロチと対面したいというものは無数にいるでしょうから」 


 その言葉に花音は少しほっとした表情で頷いた。


「ありがとう、松虫クン」


 花音は優しく尻尾で松虫の身体を撫でた。松虫はまんざらでもない表情を浮かべたが、僕の心中は穏やかではない。松虫は花音に好かれようと、うまいことを言っている。僕は急に焦り始めた。


「教授、どうしましょうか? 僕は到底、あの雲龍殿を殺して腹の中から鍵を奪うなど、出来るはずもないと思いますが?」

「それはその通りだが。オロチと会う手段がそれしかないとなると。ふむむ・・・」


 教授は考えながら同じ場所を何度も行ったりきたりしていた。

「私は無理を承知でも、粘り強く話し合いを続けることが重要かと思います」


 花音はうろたえている教授と僕に話かけた。確かに花音の言うことは間違いではない。正論だと思う。でも、正論だけで、この戦争を乗り切ることが出来るのであろうか。

 僕は必死に考えた。雲龍殿が鍵を飲み込んでいるなら、殺さずとも、それを吐き出させる手段はないであろうか。

 そういえば、僕は観音町で野猫との餌の争いで怪しげな食べ物に手をつけてしまい、その後、数日、吐き続けた記憶がある。


「教授、食べ物を使った作戦というのはいかがでしょうか?」

「うむ、どういうことかな?」


 教授の問いに僕は過去の体験を踏まえつつ、説明した。現実的に僕たちは雲龍殿の腹を引き裂いて鍵を得る手段など何もない。だとしら、吐き出させる方法を考える方がまだ現実的だ。


「ちなみに教授・・・最後に吐いた記憶はいつですか?」


 僕の質問に教授は少し考えて口を開いた。


「腐った、にぼしだな」


 僕も同じ経験がある。観音町でも、にぼしの争奪戦は倍率が高い。野猫と喧嘩をしない限り、美味しいものには辿りつけない。逆に残り物は腐っている。煮干しは日持ちがすると思われがちだが、保存場所によっては意外とすぐに腐る。そこが・・・ねらい目だ。まさに妙案。


「では、腐ったにぼしを雲龍殿に食べさせて、鍵を吐き出させる作戦はいかがでしょうか?」

「名案だな、山田電機君」


 僕と教授は二人で盛り上がっていた。


「ちょっと待って」


 花音がそんな僕たちの盛り上がりを落ち着かせた。


「・・・腐った煮干しとか、普通は食べる前に気づくでしょう・・・それにそんなに都合よく手に入るとは思えないけど。もう少し何かないのかな? ちゃんと考えないと」


 心なしか、花音は少し怒っていた。僕はすぐに反省する。花音の言葉はもっともだ。再び、うむむと考えていると教授が、ついに何かを思いついたようだった。


「雲龍殿も言っていた。嵐山には食材が豊富。特にキノコの類は毒を含んでいるのも多い。行ってみる価値はあると思う」

「・・・キノコか。まあ、腐った煮干しより少しは現実的だけど。本当にそれで上手くいくかな・・・」


 花音は全然納得がいっていない表情だった。

 しかし、これ以上、花音からは代案が出てこないようだった。

 教授と花音は覚悟を決めたようだった。


「では、遅い時間だが山に入るとするか」


 教授の言葉に花音は頷いた。


「え、今からですか?」

「今、いかなければいつ、いくのだ」


 僕はすぐに抵抗したが、教授の言葉もまたごもっともだった。

 こうして僕たちは深夜にも関わらず、嵐山の奥へと向かった。

 ちなみに、この時、松虫はすやすやと寝ていた。どうせ寝たふりであろう。つんつんと前足の爪で身体を突いたが、なかなか起きない。


「おい、松虫。行くぞ!」

「やめて。松虫クンも案内役として初日から気が張って疲れているのでしょう。そっとしておいてあげて」


 花音が僕と松虫の間に入った。

 僕も疲れているのに、えこひいきではないかと若干納得できなかったが駄々をこねるのはみっともない。松虫を起こすのはしぶしぶ諦めて、僕たちは嵐山の奥へと向かうことにした。


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