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雲龍

天龍様は寝ころびながら、ぽつりと呟いた。


「・・・雲龍。面倒くさい。後は任せた」


 すると、奥から天龍様と同じくラグドールで青い瞳の猫が現れた。天龍様とは真逆で身体は絞られていて、スラリと背が高い。大きな青い瞳が特徴的だった。

 雲龍と呼ばれる猫は僕たちを睨んだ後、部屋の外へと促した。


「遠いところから、来ていただいたのに申し訳ございません」


 怖そうな見た目とは裏腹に丁寧な口調だ。しかし、言葉の節々から意志の強さを感じさせる。


「雲龍殿、本当にオロチに会うことは叶わないのでしょうか?」


 松虫は今度は雲龍殿に食い下がった。


「天龍様の言うことは絶対です。私の一存では決められません」


 松虫は少し落ち込んでいた様子だったが、僕は逆だった。ここまで言われたら引き返すしかない。天龍様が許可してくれなかった、というのは言い訳としては充分だ。京極様に怒られることはないであろう。

 しかし、花音は僕とは違い食い下がった。


「お願いします、どうしても無理でしょうか?」

「何回言われても答えは同じです」

「でも・・・」


 花音は簡単には引き下がらなかった。


「戦争を止めるためなんです」

「戦争・・・?」


 はじめて雲龍殿の表情が少し変わった。


「このままだと観音町は徳川家の手に落ちます。戦争を止めるために出来ることは何でもしたいのです」

「・・・あなた方は戦争がどういうものか、分かっているのですか?」


 雲龍殿は花音、教授、松虫、僕に対して順番に視線を向けた。大きな青い瞳で見られると心の中まで覗かれているような気がする。僕は何だか居心地が悪くなり、すぐ目を反らした。


「嵐山はその名の通り、山に囲まれた土地です。川もあり魚も採れる。食料が豊富・・・故に常に争いが絶えなかった。猫だけではない、猿、犬、カラス・・・言葉が通じないからこそ殺るか殺られるか、毎日が死と隣り合わせです」


 天龍様のぶよぶよとした身体からは想像できない厳しい現実が雲龍殿の口から語られた。


「徳川家の目的は把握しているのですか?」

「それは・・・観音町の縄張りを奪うこと。そうなれば私たちは生活の場を失います」


 花音の説明を雲龍殿はじっと聞いていた。


「私が言うことじゃないかもしれませんが、徳川家であろうと相手は猫。少なくとも言葉は通じる。降伏するという選択肢もあるのではないですか? 縄張りを奪われても、他の土地で生きていくという手段もある」


 厳しい現実を知っているからこそ雲龍殿の言葉には説得力がある。数日前の徳川家で起こった怖い思いをもうしたくない。ふと教授を見ると尻尾がそわそわとしている。恐らく教授も揺れているのであろう。

 しかし、花音は微動だにしなかった。


「・・・言っている意味は分かります。でも降伏は出来ません」

「理解できませんね。逆にそこまで頑なになる理由は何なのですか?」


 花音は少し考えた後、答えた。


「・・・観音町の、誇りです」

「申し訳ないのですが、私は誇りというものが一番信用できません」


 雲龍殿はくっと笑った。


「それは命よりも大事なものなのですか?」

「場合によっては」

「ずるいですね、何も答えていないのと一緒ですよ」


 雲龍殿の口調は穏やかだが確実に花音を追い詰めていた。しかし、花音もまた引く様子がない。雲龍殿の青い瞳から目を反らさない。こんな力強い花音を僕は初めて見た。


「もう一度言います。何とかオロチに会わせていただけないでしょうか?」


 花音の言葉に、今度は雲龍が先に視線を外した。


「不本意ですが、しょうがない」


 あれ、意外にも引き下がったのか。いや、違う。雲龍殿がまとっていた気配が何だか今まで以上に冷たくなった。


「・・・あなたたちが本気なのは分かりました。明日、同じ時間に少し先にある渡月橋に来てください。あなたたちの覚悟というのを見せてもらいます」


 僕は鼻をピクピクとさせた。何だか凄く面倒臭くなりそうな匂いがしてきた。


「そんなにオロチに会いたければ私を殺してください。もちろん、私も死にたくありません。あなたたち

の命は保証しません」


 いっきにその場の空気が変わった。

 一体、雲龍殿は何を言い出すのか。急に全身の毛がぞわぞわとしてきた。


「何で・・・」


 花音もまた明らかに動揺していた。うまく言葉が出てこないようだった。


「オロチに会うとはそれほど覚悟がいること。私の役目は興味本位で会う輩を排除すること」

「でも、何も命を賭けるなんて・・・」


 花音の言葉は至極、もっともだ。言葉は丁寧だが、雲龍殿は何かが狂っている。さすがに僕も寒気がしてきた。


「命のやり取りは必然・・・オロチに会う建物の鍵は私の『腹の中』にあるのですから」

「どういうこと・・・?」


 僕は思わず口を挟んでしまった。


「そのままの意味です。檻の鍵は飲み込んだ。私の腹の中が最も安全ですから」


 聞きたいことは山ほどある。でも、何から聞いていいのか分からなかった。


「場所は言えませんが、大きな建物に閉じ込めてます」

「雲龍殿、あなたはその役目に納得されているのですか?」


 松虫がどうしても納得が出来ないという様子で口を開いた。

 しかし、雲龍殿は平然と答えた。


「天龍様のお言葉には逆らうことは出来ません」


 花音も教授も僕も息をするのを忘れるぐらい雲龍殿の言葉に圧倒されていた。これほどまで強い意志は一体、どこから沸いてくるのであろうか。


「言っておきますが、私は恐らく嵐山で一番強いですよ。鍵を託されるぐらいですから」


 雲龍殿はずっと冷静さを貫いていた。


「もう一度聞きます。それでもあなたたちはオロチに会いたいのですか? よく考えてください。覚悟があるならば、明日、渡月橋で会いましょう」


 混乱する僕たちを嘲笑うかのように雲龍殿は答えを待つことなくその場から立ち去った。

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