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天龍様

「山田電機君、おい、いい加減に起きろ」


 教授が前足で僕の身体をぐわんぐわんと揺らした。


「え、ここは・・・」


 気が付くと嵐山駅についていた。

 松虫や花音は既に電車から降りて駅のホームで待っていた。

 僕は教授に促されるように電車から降りた。

 正直、名残惜しい。出来ればこのまま乗っていたかった。

 駅長もまた同じ気持ちなのであろうか。僕たちを見送るために電車から降りてきた。


「充分分かっていると思うが、相手はオロチ・・・くれぐれも気を付けるのだぞ」


 駅長の言葉に松虫はコクリと頷いた。


「天龍様もついておられます。それにオロチは檻に隔離されていると聞きます。こちらに危害を与えることはまず不可能でしょう」


 え、そうなの? そういうことは早く言って欲しい。オロチという、とんでもなく怖そうな猫と直接対面するのかと思っていた。檻に入っているのなら、今までみたいに怖い思いをすることはないであろう。

 松虫の態度は相変わらず気に喰わなかったが、僕は少しだけほっとした。


 僕たちは嵐山駅を出てすぐ近くにある天龍寺に向かった。松虫は以前、ここに来たことがあるのであろうか、広い敷地を迷うことなく奥にある小さな建物の中へと入っていった。

 建物の中では数匹の猫がいたが、いずれも毛繕いをしていて特に僕たちに気を払うことはなかった。そのまま進むと天龍様は縁側で日向ぼっこをしていた。

 ラグドールと呼ばれるふわふわの毛並みと大きな身体、薄いブルーの瞳が特徴だが。天龍様は明らかに大きすぎた。いや、率直に言うとかなり太っていた。中でもお腹の肉が見事にたるんでいて地面と同化するぐらい、たぷんたぷんと垂れ下がっている。

 天龍様は太り過ぎて、こちらに視線を向けるのも、至極、面倒臭そうだった。


「・・・松虫か、何の用だ」

「天龍様・・・これまた大きくなられましたね」

「うむ。基本、動かないからな。考えるのが私の仕事だ」


 そう言うと天龍様は力を使い果たしたかのように、再びゴロンと縁側に横になった。

 一体、どういうものを食べれば、これほど太れるのであろう。じろじろと天龍様のことを観察していると、松虫が先に口を開く。


「・・・オロチの管理もまた天龍様の大事な役目と聞いております。そちらについては・・・」

「あいつ、怖いから私は直接携わってない」


 縁側に寝ころびながら、悪びれもなく言い切る姿に僕は何だか清々しさすら覚えた。


「し、しかし。では誰が」

「嵐山にも、優秀な猫がいる。手下に管理は任せている・・・お主、何か不満でもあるのか?」


 さすが天龍様といったところであろうか、背中を向けて寝そべってはいるが、時々威厳を感じる。


「・・・実は京極様の助言でここにきました」


 松虫はちらりと僕たちの方を見ながら、話を続けた。


「この者たち・・・観音町の猫が徳川家に襲われ京極様に助けを求めたところ、オロチと話をしてみろ、と。京極様の真意は分かりかねます。ですが、何とかオロチと会う許可をいただけないでしょうか?」


「断る」


 即答だった。天龍様は松虫を見ようともしない。


「し、しかし、これは京極様の」

「断る」


 天龍様は寝そべりながら、何度も同じ言葉を繰り返した。


「いや、でも・・・さすがに困ります」


 松虫は焦っていた。京極様の名前を出せば、すんなりオロチに会えると思っていたのであろう。

 しかし、天龍様は強情だった。断るの一点ばりで理由を話そうともしない。松虫は困り果てていた。

 僕は思わず喉を鳴らしていた。あたふたする松虫を見ると笑い止まらなかったからだ。大した案はなかったが、どの時点で助け船を出そうか、と思っていたところ、花音が先に口を開いた。


「天龍様・・・私たちも本気なのです。このまま帰ることはできません。何とかオロチとの面会をお許しいただけないでしょうか?」


 天龍様は背を向けたまま、何も答えなかった。しばらく縁台から見える庭園、遠くに見える山をじっと眺めていた。

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