松虫
気が付くと知らない土地を歩いていた。あの時の争いは終わったのか? それともまた自分は別の何かに巻き込まれているのか? そもそも、なぜまだ生きているのであろうか? またか、と深く首を垂れた。自分が誰で、どこに向かっているのかすら、よく分からなかった。あてもなくただ歩き続けた。そこで知らない猫と会った。ここはどこかと聞くとそんなことは知らないと笑われた。日が暮れて夜になった。再び、知らない猫と会った。月はどっちから出てくると聞くと、また笑われた。どこに続くのか分からない道をずっと歩いていた。まるで長い夢を見ているようだった。段々と腹が立ってきた。なぜ自分ばかりこんな目に合うのだ。いつも望まぬ争いに巻き込まれ、自分がきっかけで火種は拡がる。
その時、どうせ叶わない願いなら、いっそ願うことを止めたほうがマシだと気が付いた。愚かな者同士、とことん争わせればいい。残った者たちで新しい世をつくればいいのだ。
暗闇の先に海が見えた。いや、これは川だ。このまま川に沿っていけば、どこか新しい土地に出るだろう。すると急に川の水嵩が増して足元をすくわれ流された。水中でもがき、必死に手足を動かしたが無駄だった。
ふと向こうの岸に白い猫が座っているのが見えた。その猫は残念そうな表情で自分が溺れる様子を見ている。
水中に沈みながら、上を見上げた。やっと月が見えた。でも、段々と落ちていく・・
がくん! と僕の頭が床に落ちそうになった。
京極様は随分と長い時間をかけて、京都の猫の歴史を説明をしてくれた。しかし、僕はもともと難しい話が苦手で、しかもよく分からない地名が沢山出てきて段々と眠たくなった。いや、恐らく寝ていたであろう。
京極様や教授、花音の方をちらりと見たが、特に僕のことを気にする様子ではなかった。ほっとしたのは束の間、教授と花音は心底、感心した視線で京極様のことを見ている。
「京都・・・いや、観音町の歴史にそんなことがあったとは。貴重な話、ありがとうございます」
「観音町の猫を代表して感謝申し上げます。今回教えて頂いた歴史の中から、必ずや戦争を解決する手段を見つけてみせます」
教授も花音も心の底から感謝の意を伝えていた。まずい、僕も何か言わないと不自然だ。必死に考えたが、うまい言葉が見つからなかった。とりあえず、尻尾を大袈裟に振っていたところ、京極様は言葉を続けた。
「で、本当に行くのだな?」
「はい、今の話を聞いたら猶更。それに、かの地に行くのが観音町を救う唯一の手段なのかと」
「やはり、そうか」
京極様は後方に待機しているカオマニー四兄弟に何か合図を送った。カオマニーたちは、
少し姿を消したと思うと奥から一匹の子猫を連れてきた。
「名は『松虫』という。案内役として遣わそう。小さいが、なかなか役に立つ」
松虫という子猫は京極様の横にちょこんと座った。京極様、教授はもちろんのこと、僕や花音よりも随分と身体が小さい。毛色は灰色が掛かった黄色だ。大きな耳に逆三角形の小さな顔は愛おしさすら感じる。
京極様の紹介の後、松虫はよちよちと僕らの方に向かって歩き、少し離れた所にちょこんと座った。改めて見ると本当に小さい。僕の半分くらいの大きさだ。何て可愛らしいのであろう。
しかし、はじめが肝心だ。
きっとこの手の猫はいつも甘やかされている。ここは敢えて厳しさを教えておくべきだと思った。
ちょこちょこと毛並みを整えている松虫の前にすっと近づいた。ちょこんと鼻の頭を前足の肉球で叩くつもりだったが、思いのほか勢いがついて、思い切り顔面を叩いてしまった。突然のことで松虫は避けることが出来ずにゴロンと仰向けに倒れた。
教授も花音も口をぽかんと開けていた。僕もまた口を開けていた。さすがにこれはまずい。やばい、謝らないと、とあたふたしたがすぐに松虫は立ち上がった。
「痛ぇな、この野郎。ぶっ殺されてえのか」
「え?」
「どうせ小さいからって舐めてたんだろ。表出ろ。速攻で喉を噛み切って、殺してやるから」
「あ、いや、その・・・」
「あン? ハキハキと喋れよ、この野郎」
その後も松虫は可愛らしい顔とは裏腹に乱暴な言葉遣いで僕のことを罵り続けた。
「いや、だからその」
僕が弁解しようとすればするほど、松虫はイライラして暴言を浴びせてくる。
そんな僕たちのやり取りを見たせいなのか、京極様はくっと笑った。
「言っておくが松虫はスナネコという希少種だ。砂漠という地域出身の猫で、性格はかなり獰猛だ」
唖然としている僕を見て、京極様は再び、くくっと笑った。
僕のことを散々罵倒した後、松虫はようやく気が済んだのか少し乱れた毛並みを整えながら、あからさまに僕には背を向け、教授と花音に喋りかけた。
「まあ、そういうことなんで。とりあえず、よろしく」
これはまた前途多難な旅になりそうだな、と僕にはただ不安しかなかった。
更新遅くなり申し訳ございません。最終話まで書いたので、ぼちぼちアップしてきます!




