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猫の日

 僕は一体、どれ位、寝ていたのだろうか。

 目を覚ますと僕は冷たい板の上で横になっていた。ガランとした広い空間に他には誰もいない。いや、少し離れた先には台座のような少し高い場所に京極様が悠然と毛繕いをしていた。まるで数時間前から僕が目覚めるのを待っていたかのような、退屈そうな仕草だった。ただ毛並みを整える、たったそれだけの仕草なのに京極様が動くたびに部屋の中の空気が揺れて手足や口を動かすことさえ出来なくなる。だから僕はじっと京極様のことを見ることしか出来なかった。京極様は目を合わせず、ぽつりと呟いた。


「お主に聞きたいことがある」


 ゆっくりと京極様は僕に目を向けた。


「・・・なぜ、五郎丸はお主たちを助けたと思う?」


 一瞬、何のことを言っているのか分からなかったが、恐らく祇園の料亭の出来事のことであろう。ボンベイとマムシに囲まれた時、五郎丸は「ならぬ」と呟き、結果的に救われた。それに、五郎丸は僕と教授を何度も守ってくれた。花音を助けたのは何となく分かるが僕と教授の利用価値など何もないであろ


「い、いや。僕にはさっぱり・・・」 


 ただ思ったことしか言えなかった。そんな僕のことを京極様はじっと眺めていた。すると京極様はふと真顔で呟いた。


「・・・お主、どこかで会ったことがある気がするな」


 何を言っているのであろうか。そんな訳があるはずがない。僕は全力で首を横に振った。 京極様は暫く考えた後、僕を見た。


「・・・名は何という?」

「山田電機です」

「ふざけているなら、二度と鳴けぬよう、その喉を切り裂くぞ」


 京極様の白い毛並みがざわざわと揺れた。怒っているのか笑っているのか、本気なのか冗談なのか分からない。でも、僕は観音町の山田電機、そのことだけは偽りはひとつもない。


「京極様、この者たちは山田電機、教授といいます。私は観音様の孫の花音と申します」


 その時、花音と教授がゆっくりと部屋に入ってきた。花音はまだ足元がおぼつかない。やっと自力で歩けるという感じであった。京極様はじっと花音のことを冷たい視線で見ていた。


「ということは、観音町の猫たちか?」

「はい、私たちは徳川家に一方的に宣戦布告を受けました。ご存じと思いますが、観音町の猫では徳川家には対抗できません。それで京極様にご相談を、と思い御所まで来たのですが・・・」


 そうだ、危うく忘れかけていたがきっかけは徳川家の一方的な侵攻なのだ。

 教授はともかく、花音は手負いの状況なのに京極様を前に一向にひるむ様子はなかった。

 いつの間にか京極様の背後には白い宝石ことカオマニー四兄弟がすっと待機している。相変わらず、それぞれの目の色は赤、青、黄、緑と異なり、何を考えているのか分からない。 カオマニーの登場によって一段と部屋の中の空気は重くなった。


「・・・まあ、よい。観音の爺とは浅からぬ縁がある。話だけは聞いてやるか」

「恐れ多くも、ご説明させていただきます」


 花音は徳川家の宣戦布告から知恩院の出来事を細かく説明した。僕が独断で戦争を引き受けた件についてはうまい具合にはぐらかしてくれた。ありがとう、花音。今度、時間ができたら毛繕いをしてあげよう。


「五郎丸の裏切りまでは分からず、結果的に京極様にご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「・・・奴の愚行は想定の範囲。分からぬのは徳川家の目的。単純に縄張りを奪うなら、さっさと行動に移せばいい。何故、わらわを襲ってきたのか・・・」


 京極様はじっと何かを考えているようだった。花音は京極様に視線をあわせず、ひれふしたままだった。

 その時、僕はふと疑問に思った。もともと花音を美しいと思っていたが、こうやって並ぶとまるで京極様と瓜二つではないであろうか。


「・・・教授、花音と京極様はよく見たら、とても似ていますね。もしかしたら、マムシたちは花音を京極様と間違って・・・」


 そういいかけた瞬間、それまでぼやぼやと何も言葉を発しなかった教授は突然、僕に向かって身体をぶつけてきた。


「山田電機君、君のいいところは何でも純粋に興味をもつところだ」


 珍しく教授の猫眼鏡の模様が吊り上がっていた。


「しかし、思ったことをすぐに口にするのは時と場合によっては我慢したほうがいい」

「え、どういうことですか?」


 さっぱり分からない。僕は教授の煮え切れない態度にイライラした。


「観音町の猫どもが何を密談している?」


 僕と教授のやり取りが聞こえていたのか、よく分からないが京極様が台座から一瞬、立ち上がろうとした。しかし、すぐにカオマニーが周囲を囲み、京極様はもといた場所に腰をおろした。


「まあ、いい。お主たちが何を期待しているか分からぬが、京極家が徳川家との戦に簡単に参加することはない。その意味、お主たちも愚かではないであろう、理解はできるよな?」


 京極様の言葉に花音も教授も、もちろん僕も何も答えられない。


「わらわが動けば京都中の猫が戦争に巻き込まれることになる」


 確かに・・・もはや、これは観音町という小さな町の問題ではないのだ。京極様を巻き込んだ総力戦となれば、京都は大混乱に陥る。


 ああ、そうか、これもまた戦争なのか。

 戦争とは当事者同士の争いではなく、背後にうずまく力も関係している。今回のことで京都を代表する京極家と徳川家との水面下の駆け引きが始まりつつある。だとしたら、僕はどうすべきなのであろう。このまま観音町に大人しく帰っても怒られるだけだ。僕は教授の方を見た。猫眼鏡の模様がぴくぴくしている。花音も尻尾が落ち着きなく上下左右に揺れている。両者ともに、答えを探しているのであろう。

 その時、京極様がゆっくりと口を開いた。


「・・・だが、このまま手ぶらで帰すのも心元ないな」


 京極様の白い毛並みがゆっくりと揺れた。


「嵐山をたずねてみろ。そこに行けば何か解決案が分かるかもしれぬ」


 僕は京極様の言っていることがさっぱりと分からなかった。


「・・・あの、よく分からないのですが。なぜ僕たちがわざわざ嵐山まで行かないといけないのでしょうか?」

「全く! いい加減、言い方というものをわきまえろ」

「京極様、申し訳ございません!」


 教授と花音は僕の発言にすぐに反応し、京極様に謝った。しかし、京極様は怒るどころか、くっと笑い、どこか機嫌がよさそうだった。


「よいよい。まぁ、話すと長くなるが、教えてやる。それにこの話は観音町もおおいに関係する」


 僕と教授と花音は後ろ足を畳み、丁寧に前足を揃えて京極様の言葉を待った。


「・・・いま、京都は北は鞍馬、東と中央は京極、南は観音、西は天龍といった縄張りがある。しかし、その縄張りが決まったのには相応の歴史があったのだ」


 何だか難しそうな話だぞ、と僕はごくりと唾を飲み込んだ。一方、歴史が大好物な教授は早くも喉をゴロゴロと鳴らしている。


「その昔、京都のほぼ全域が京極家の縄張りだった。完全に支配していない地域もあったが、争いは起きずに均衡を保っていた。しかし、時代は変わり、一匹の猫・・・『オロチ』という『野猫』が現れたことにより、その均衡が崩れることになる」


 随分ともったいぶる話し方だな、と僕は思ったがさすがに今度は口には出さなかった。そんな僕をさらにじらすように京極様がぽつりと呟いた。


「・・・全てはここから始まった」

更新空いてしまいました。一旦、第一部的なものはここで終了です。

ちょっと手直ししたいので、随時これまでの話を修正します。

次の再開は近々ですが、少し時間が空く予定です。最後まで完結させるのでこの後もぜひ読んでください!

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