徳川家の猫
その時、カランカランと鈴音が聞こえた。
「私から説明します」
毛並みの整った白猫がすっと現れた。暗闇でも分かる凛とした白い毛並みのメス猫。首輪には綺麗な鈴が着けられていて少し動く度に微かに音が鳴る。聞いているだけで、すっと背筋が伸びるような不思議な音だった。
名は「花音」といった。観音町をもじった喫茶店「花音」の飼い猫で観音様の孫でもあり、観音町の猫たちの憧れの的でもある。花音が現れるといっきに周りの猫たちは静まり帰った。外資系の奴らや教授も花音に注目している。
「実は先日、観音様のもとに徳川家の猫から使いがきました」
徳川家・・・その言葉が出た瞬間、再び猫たちはざわつき始めた。
徳川家とは生類憐みの令が発された時、将軍家に寵愛されたエリート中のエリートの猫のことである。徳川幕府が倒れた後も、時の総理大臣の伊藤博文により引き取られ、戦後の混乱期もその血筋を絶やしたことはなく、徳川家の血をひいた猫は財閥や大企業の社長、著名な文化人にのみ飼育されているという。 大抵の猫が知っているほど有名な話だ。
京都では知恩院に徳川家ゆかりの猫がいるという噂だが真偽は定かではない。
「徳川家が今、何のために・・・」
ぽつりと教授が呟いた。何匹かの猫がしっぽを縦に振った。同感という意味である。恐らく皆、同じことを思っているのだろう。
「端的に言います。宣戦布告・・・つまり、戦争です」
多くの猫が怪訝な表情をしていた。
「戦争か」
「この町でやるなんて・・・」
「理由は・・」
「無茶苦茶だろ」
みな、不安の色を隠せない。
「質問に答えてください。徳川家は何でいまさら観音町を? 彼らがこの地域を奪う必要なんてないでしょ」
どこかの飼い猫が叫んだ。毛は逆立ち、しっぽを小刻みに早く動かしている。かなり緊張しているのだ。
「理由は明白です。徳川家は東の猫の代表格・・・西に縄張りを広げるために観音町を足がかりにしようとしているのです」
すごい、教授の言った通りだ。僕は思わず横にいる教授の方を見てしまった。
「教授・・・徳川家が本当に戦争をしかけるとなると、僕たちはどうなるのでしょう?」
すると教授の眉がぴくりと動いた。
「まず、縄張りが奪われる。この土地から追い出され、次の拠点が見つからなければ保健所に回収される」
「保健所・・・?」
「人間が積極的に野犬、野猫を回収して収容する施設なのだよ」
教授はごくりと唾を飲み込んだ。
「収容されたら最後。一定期間過ぎたら、犬猫構わず人間の手によって殺される」
「な、何なんですか、その施設!?」
思わず唖然として口をぽっかり開けてしまった。
「飼い猫とて、徳川家に見つかれば縄張りの外に追い出され、野猫になりかねない・・・」
「そんな横暴な・・・」
僕の言葉が耳に入ったのか、花音が僕のことをじっと見ていた。
「横暴じゃない戦争なんてありませんよ」
静かに冷静に語っていた。でも、その目は暗闇でギラりと浮かび上がり、明らかに怒っているのがわかった。
僕は思わず、背筋をぴんとして花音の言葉に聞き入ってしまった。
今後の執筆の励みとなりますので、少しでも面白いなぁと思ったら、ぜひ評価ポイントを入力ください!
ブックマーク、感想も絶賛募集中です!




