でたらめな夜
その少し前。
僕と教授は部屋の隅で自分たちの行く末を案じていた。まずい、このままでは怪我をしてしまうかもしれない、と危機本能が告げる。教授も同じ考えだったのか僕たちは部屋の出口に向かって走った。出口には黒猫のマムシが固めている。僕たちの姿を見るなりに、殺意をむきだして襲ってくる。もはや逃げることすら出来ない。だったら、どうすればよいのか。僕と教授は目を合わせた。答えはすぐに見つかった。二度あることは三度ある。
五郎丸だ。
「助けて、五郎丸!」
これまでことごとく危機を救ってくれてから今回も大丈夫もはずという安易な考えで僕と教授は五郎丸の近くに駆け寄っていく。何かの事情で京極様を襲っているけど、何だかんだいって僕たちだけは助けてくれるであろうという、非常に虫が良すぎる行動だった。
しかしその時、五郎丸は本気で京極様の喉元に向かっていた。それを邪魔したのは皮肉にも、教授に他ならなかった。五郎丸と教授が激しく交錯する。
「ぎゃん!」
京極様を狙った五郎丸の前足の爪は、教授の背中を切り裂いた。教授はのたうち回ったが、大袈裟な動きとは裏腹に出血は大した事ない様子だった。京極様は冷たい目で五郎丸と向き合っていた。
「どうした、それで終わりか」
「京極様・・・」
五郎丸は険しい目つきで京極様を睨む。自慢の髪型は乱れていて、全身の毛並みは血に塗れている。
その時、ふと五郎丸と僕の視線があった。僕は一目散に走り始めた、もちろん逃げるためだ。正直、このような出来事に付き合っていられない。僕は観音町の山田電機の猫・・・ただ、それだけなのに、何でここまで怖い思いをしないといけないのか。
段々と腹がたってきた。僕は全力で出口に向かって走った。マムシの黒猫は僕の勢いにひるんだのか、一匹、二匹と自然と道をあけた。その隙間を縫うように僕は走った。しかし、すぐにがつんと岩のような障害物にぶちあたった。一瞬、目の前が真っ暗になり、よたよたと床に座り込んだ。しばらくして、ゆっくりと目をあけると両目を充血させ、怒り狂ったボンベイが目の前にいた。
「ご、ごめんなさい」
謝っても助けてくれるとは到底思えなかったが、今はただ謝ることしか出来なかった。
「目ざわりだ」
ボンベイは僕を睨みつけながら、ゆっくりと近づいてくる。
「ならぬ!」
五郎丸はカオマニーにやられたのか、血を流しながら呟いた。その言葉でボンベイは足を止める。
「・・・正気か?」
「・・・状況を見極めろ」
五郎丸の言葉にボンベイはじっと周囲を見回した。部屋の中はマムシとカオマニーが一進一退の攻防を繰り広げていた。しかし、マムシたちは、再び徐々に押されてて、血を流し続けている。
「・・・潮時、ということか」
すると、ボンベイは血を流しながら「シャー」と突然、鼻の奥から天井に向けて突き抜けるように、甲高く鳴いた。瞬間、いままで縦横無尽に部屋の中を暴れまわっていたマムシの黒猫たちは、まるで今までのことが幻かのようにスッと姿を消した。
「お主たちの姿、しかと覚えたぞ」
ボンベイはチラリと僕を睨んだ。するとスッと動き、五郎丸もまた一瞬にして闇に姿を消した。騒がしかった室内に一転して静寂が訪れた。
その時、部屋の隅で転がっていた教授が、ぬっと立ち上がった。
「とりあえず、一難去ったというところか」
教授は平然と自分の毛並みを整え始めた。恐らく死んだふりをしていたのであろう。教授を目のあたりにしたら、急に力が抜けてきた。
「よかった。とりあえず、命が無事で」
気が付くと足に力が入らない。僕は教授のもとに駆け寄りたかったが、へなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
冷静に考えるとまだ観音町を出発してから、二、三日だ。僕はその間にあまりにも多くの出来事を経験した。正直、展開の早さに追いつかない。体力の限界、ということもあったが僕はゆっくりと目を閉じた。
でたらめな夜が、やっと少しだけ、落ち着いた。




