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五郎丸の正体

 ごくりとよだれを飲む音がした。


「教授、もしかして。あの猫は・・・」

「ああ・・・ボンベイ」


 知恩院の徳川家の部屋にいた、ボンベイという種類の黒猫だ。スフィンクスと並んでいたことから、相当、位が高いのであろう。なぜここにいるのか、よく分からないが確実なことは一つ。いま、再び危機的状況に陥ったということだ。僕は周囲を見渡す。どうやって逃げるか、しかし唯一の出入口は既にマムシの黒猫に固められている。そのような状況下、祇園の猫は一切動じる様子は見せなかった。


「ボンベイか。堕ちたものだな。お前が、マムシの一味に加わるとは」

「逆だ。奴らが俺たちを頼ってきた」

「ほぉ。つまり、徳川家はマムシと手を組んだということか」


 祇園の猫に言葉に答えることなく、ボンベイと呼ばれた黒猫はじりじりと近づいていく。


「・・・『京極』、貴様はここまでだ」 


 しかし、祇園の猫は一切動じることがなく、優雅にその白い毛並みを舐めて整えた。

 いや、まてよ。いま、何て言った。


「教授・・・」

 僕は教授の方を見た。


「ああ、確かに聞いた」

「もしかして、あの猫が・・・」

「・・・京極様!?」


 祇園の猫が・・・まさか、京極様なのか?


 僕たちはずっと京極様がオスだと思っていた。しかし、いま、目の前にいるのは京都で一番美しいと言われる祇園の猫。尻尾ひとつ動かすことで空気が揺れる、その圧倒的な存在感は京都の猫をつかさどる京極様といっても過言がないかもしれない。

 僕と教授はほぼ同時に五郎丸を見た。しかし、五郎丸は僕たちのことを最早気にすることなく、黒猫のマムシたちの様子を注意深く伺っていた。ボンベイがゆっくりと五郎丸に近づいた。


「五郎丸、案内役、ご苦労だった」

「ボンベイ・・・今回の件、マムシを使うとは聞いておらぬぞ」

「ああ、俺の独断だ」

「まだ私のことを信用していないようだな」

「いや、目的は同じ・・・その点だけは信用はしている」


 ボンベイと五郎丸はそのまま、祇園の猫・・・いや、京極様に向かい合った。ボンベイと五郎丸は後ろ足に重心を移した。前足には鋭利な爪が見え隠れしている。すぐにでも京極様を襲えるような態勢だった。


「ど、どういうことでしょうか? 教授?」

「うむむ」


 五郎丸は一体、なにをしているのであろう? 混乱する僕と教授をよそに京極様はいたって冷静だった。


「ようやく正体を現したな、五郎丸」


 五郎丸はじっと京極様の様子を伺っていた。


「・・・京極様。申し訳ございません」

「よいよい、長い付き合いだ。で、そなたの狙いは何だ?」

「・・・申し訳ございません。御命を頂戴します」

「面白い」


 京極様に動揺した様子はなかった。


「誰の差し知恵だ?」

「・・・何のことでしょうか」


 京極様と五郎丸は睨み合っている。緊張感が部屋全体を覆っていた。

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