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料亭の白い猫②

 ・・・できれば、その音に委ねていたい。


 でも、委ねれば二度と戻れないような、そんな危うさを感じた。最初は心地よかったが徐々に危うさを帯びていく。奥の部屋に近づくにつれて三味線の音は大きくなった。それと同時に僕でも分かるほど空気が張り詰めてきた。一歩、歩くだけで空気が揺れる。その揺れに合わせて身体中の毛が反応してぴんと毛が逆立ってくる。喉が乾いていないのに、はぁはぁと舌を出して新鮮な空気を探す。


 僕たちはすぐに部屋の前にたどり着いた。戸は閉まっていて中の様子は分からないが何者かがいるということは鈍感な僕でさえ感じられた。僕は緊張のあまり鳴きそうになった。

 一方、五郎丸は黙ったまま、戸の前に座りこんでいた。いや、座り込んだというより前足を揃え、後ろ足を畳みつつ、背中をぴんと伸ばしていた。敵意はなく、相手を敬うという姿勢だ。


「みゃあ」


 五郎丸の喉が震えた。その時、すっと戸が開いた。目の前にいたのは人間だった。その人間は派手な着物を着ていたが、視線は虚ろでどこを見ているのかよく分からなかった。まるで生気を抜かれた人形のようであった。虚ろな目つきの人間の後方には白猫が座っていた。


「・・・祇園の猫」


 アシェラ・・・昨日、目撃した、あの猫だ。気高く美しい毛並み、間違いない。京都で一番美しいと言われる、あの猫だ。どこかでまた三味線の音が聞こえてくる。不思議な匂いが漂ってきた。恐らく、またたびの匂いだ。

 不思議な出来事の連続でもはや、僕のあしもとはおぼつかない。まず後ろ足の力が入らなくなり、意志とは関係なく服従の格好を自然にしてしまっていた。後ろ足を畳み、背骨は前のめりとなり、重さに耐えきれずに頭はいつのまにか地面にひれ伏している。視界の片隅に見える教授もまた同じような状況だった。

 しかし、五郎丸だけは何とか、普通の姿勢を保っていた。気高く、前足に力をいれて自慢の髪型は一切乱れていない。

 その時、音をたてることなく後方の廊下の暗がりから黒猫が一匹、二匹、三匹、四匹と姿を現した。


「マムシ・・・何でここに」


 思わず後ずさりしてしまった。しかし、僕と教授のことなど視界に入っていないようだった。黒猫たちは静かにゆっくりと祇園の猫を囲んでいった。


 その中で別格の雰囲気の猫がいた。決して身体は大きくない。力も強そうにも思えない。ただ、一歩動けば確実に喉を切り裂かれる、そういう危うい雰囲気を纏っていた。

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