祇園潜入①
暫く時間が経ち、気が付くと鴨川に架けられた橋が観音町のススキのような色に染まっていた。太陽が遠くの山に沈みかけている。ふと視線を戻すと教授が前足で僕の身体を何度も前後に揺さぶって起こしてくれた。
鴨川から祇園への道は正直覚えていなかったが、教授が僕を先導してくれた。僕たちが走る道は夕焼けの色にどんよりと染まっていた。どこか町全体がそわそわしているように感じた。
祇園の近くで特徴的な髪型の猫が待機していた。勿論、五郎丸である。僕と教授のことを見つけると注意深く周囲を見回しながら歩き始めた。
「ここから先はマムシどもが待ち伏せしている可能性がある。慎重に行くぞ」
「京極様の居場所のあたりはついているのですか?」
「ああ。何度か御伴したことがある。建物の前まで、だがな」
五郎丸はさっさと前へ進んだ。僕と教授はその後を慌てて追った。
またマムシが突然襲ってこないか、びくびくしながら歩いていたが、何事もなく大きな建物の前にたどり着いた。ここが恐らく、五郎丸がいう、京極様が通っている建物なのだろう。つまり、中には京極様と京都一美しいと言われる祇園の猫がいるということだ。
僕には想像ができない。
知恩院や御所のような大きさはない建物だが、戸の隙間から不思議な匂いが漂ってきた。僕が鼻をひくひくとさせていると教授が声をかけてくれた。
「料亭という場所だよ」
「料亭?」
「人間が食事したり遊んでいる場所だ。観音町の商店街でも似たような店があっただろう。よく野猫たちと食べ物を巡って喧嘩していた場所だ」
思い出した。人間が食べ残した食事が定期的に配られる場所があった。一番人気は勿論、煮干しだった。気のせいか料亭の中からも煮干しの匂いがしてくる。祇園の人間もよほど煮干しのことが好きなのであろう。
急に観音町が懐かしくなった。僕は思わず、みゃあと鳴いてしまった。しかし、身体は正直かな。僕はふらふらと匂いがする方へと歩いてしまった。
「おい、勝手に動くな」
「でも・・・」
気が付くと教授もふらふらしていた。
五郎丸は少しイライラしているようだった。
僕は鼻をひくひくさせながら答えた。
「どういうことですか?」
「何度かこの場所に来たことがあると言っただろう。日が暮れる前は餌の時間だ」
「ああ、そういうことですか」
教授は、ふらふらしながらも反応した。
教授の言葉に五郎丸は頷いた。
「私のこの毛並み・・・否応でも目立ち、時には誤解を産む。だからお主たちに行動を共にするよう依頼した」
なるほど、と僕も納得した。確かに僕と教授は雑種。匂いに釣られて、ノコノコと迷い込んできても不自然はない。
「三匹の野猫を装えば建物までは近づける。だが、いつもやっかいな先客がいてな。今日もしっかりと来ている」
その時、かぁかぁとまるで僕たちを挑発するような声が頭上から聞こえてきた。
「カラスか」
教授がぼそっと呟いた。
「奴らは外敵をすぐに襲う。餌が絡んだら猶更、狂暴。気をつけろよ」
五郎丸の言葉に僕と教授は頷いた。さすがの僕でもカラスの存在は知っている。観音町の商店街でも、散々手を焼いた天敵だ。しかし、恐れるには足らない。上空からの威嚇や足の爪を使った攻撃は厄介だが建物の中に逃げ込めばカラスは追ってくることができない。
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