マムシ襲撃①
結局、僕らはこれ以上、無理せずに寝床を探すことになった。あまり目立つ場所は避けたいが今から探す体力もない。教授も花音もさすがに疲れたのか黙りこくってしまった。その時、僕はふと思いついた。
「あ、そういえば、妙案があります。右京に乗って移動してきた時、海らしき場所を横切って、その周辺に雑草が生い茂っていて絶好の寝床になる場所がありました。ここからあまり遠くないですし、いかがでしょうか?」
「・・・この辺りに海などないはずだが? うむむ・・・」
僕の要領を得ない説明に教授はピンとこないらしく、とりあえず現地に行ってみることにした。
僕は微かな記憶を頼りに教授と花音を案内した。意外とすぐにその場所にたどり着いた。
建物と建物が分断され、その真ん中に堂々とした水が流れている。教授の定義・・・つまり、縄張りを隔てる大きな水という意味では、まさにここは海だ。
僕は眠さをおして教授に訴えた。
「ここが、京都の海です!」
「あー、鴨川か」
水が流れる音に教授の声が重なった。
「え。ここは海ですよ。教授が説明してくれたじゃないですか」
「違うんだ。鴨川と呼ばれている有名な川だよ、ここは」
「それはおかしくないですか。教授、この前、言ってたじゃないですか。海というのは領土を隔てる大きな水だと」
「とにかく鴨川なんだ、ここは」
教授は心底、面倒臭そうだった。
「じゃあ、川と海の違いは何なんですか? 教えてくださいよ、教授」
「また、今度だ。今度」
教授は眠くて仕方ないようだった。一方的に話を打ち切って、自分の寝床を確保しはじめた。花音に至っては話に加わることなく、既に寝床の確保を終えて少し離れた場所で横になっているようだった。僕は何だか妙に目が覚めてしまい、鴨川という水の流れをじっと見ていた。
どれくらい時間が経っただろうか。空を見上げると月の位置がだいぶ下に下がっていた。
周辺を行き交う車の数は激減して、鴨川の水の音だけが定期的に聞こえてくる。その心地よいリズムが段々と眠気を誘った。僕もそろそろ寝床をつくるか。いや、このまま横になるか。そう思った時のことだった。
ざざざと雑草が不自然に揺れた。僕は気がつかないフリをして作業を続けた。明らかに何者かが近づいている。
一匹、二匹、三匹・・・。
黒猫だ。その毛の色で身体は隠せても、夜行性たる光る目だけは隠せない。だんだんと囲まれていることだけは分かった。でも不気味に音だけが頻繁に移動して、肝心の黒猫がどこにいるのかは全く分からなくなった。すると急に音が止まった。何も聞こえないが一方的な視線、圧力だけは感じる。
「・・・京極はどこにいる?」
「え・・・突然、何を?」
「言え。拒めば殺す。脅しではない」
「本当に僕らは・・・京極様に会ったことすらないんです」
「嘘をつくな」
再び、音が動き始めた。
「え、何を」
ざざざざと複数の猫が同時に動く音がした。僕は何もすることが出来なかった。
「ぎゃ!!」
その時、悲鳴が聞こえた。恐らく花音だ。
「花音! 花音!」
僕は花音の声に向かって走り始めた。同時にドン! と何かにぶつかった。
「ぐわ」
教授が腹をだしながら、目の前でごろんと横になっていた。
「教授! こんな時に何をしてるんですか?」
「何をって、君が一方的に寝ている私に突っ込んできたんだろうが」
「あ、それは申し訳ありません」
僕は素直に謝った。
「でも、今はそういう状況ではなくて。花音に、何かが」
「ん、待て」
教授は急に黙り込んだ。目を凝らすと草陰に猫がうずくまっていた。花音だ。震えている。こちらには気が付いていない。ゆっくりと前に進むと、どろりとしたぬるい液体が足に触れた。周囲に点々としているようだ。
「花音!」
再び、ざざざざという音がした。暗闇に不気味な目が何個も浮かんでいる。黒猫たちは何も言葉を発しない。タイミングを疑っているようだった。気を抜けば一瞬で喉元を喉を掻き切られそうな緊張感が漂っていた。
ふと鴨川の方から生ぬるい風が吹いた。その瞬間、黒猫たちの動きは止まった。同時に呼吸が出来なくなるほど張り詰めた空気に囲まれた。ちょうど徳川家に行ったときも同じような感覚に襲われた。これはまずい。
僕は周囲をもう一度見回した。こうなったら教授と一緒に手負いの花音を連れて逃げるしかない。
暗闇に浮かぶ目が一斉に隠れた。その瞬間、僕も動いた。花音の首裏の肉を噛み、走る。向かう先は鴨川。水は大嫌いだが、逃げる先はそこしかない。後はどうともなれ。
しかし、鴨川の手前で黒猫に囲まれた。行動を読まれていたのか。早速、万策つきた。逃げたくとも、教授と花音と三匹一緒は無理だ。せめて花音だけは助けたい。教授、ごめんなさい。
どういう気持ちか分からないが、僕はまた、みゃあと鳴いた。
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