祇園の猫
その町は、今まで見てきた街並みとは違った異質な雰囲気だった。足元はいつのまにか、ごつごつとした石の道に代わっていて少しだけ走りにくい。
周囲の建物は、どこかいい匂いがする木で作られている。通行人はよそよそしく歩いていて、猫の姿は一匹も見えない。全体的に薄暗くて、電灯はあるが、ぼんやりとしている。満月の夜のほうがよっぽど明るいのではないかと思うほどだ。正直、とてもこの町に京極様がいるとは思えなかった。
「・・・とりあえず、今日の寝床を探しませんか、教授?」
「うむむ。しかし一刻を争う事態だからなぁ」
僕の言葉に渋い表情を浮かべていたが、教授の後ろ足はぷるぷると震えていた。立場上、すぐに休みたいとは言えないが身体は正直なのであろう。
「そうだね。一度、態勢を整えてまた明日から本格的に探しに行きましょう」
花音もまた僕の意見に賛同してくれた。教授も頷いた。
その時のことだった。黒い鉄の塊・・・車が道に現れて、その中から着物を纏った女性が扉を開いて降りてきた。派手な色合いが、かえって女性の存在感を際立たせている。その圧倒的な存在感を放つ女性の両腕には、猫が抱えられていた。心臓よりも大切に守られているような持ち方だった。
僕も教授も花音も、その猫を見て言葉を失っていた。その猫が京都で一番美しい猫ということに何ら疑問すら抱かなかったからだ。純白の毛並みの一本一本がまるで意思をもっているかのように統一されていた。たった一本が乱れることを許さないような圧倒的な意思の強さを感じさせた。
教授も花音もまた同様だったのであろう。ただぼーっと見ていて、何も言葉を発せないでいた。やがて、その猫の後ろ姿は徐々に小さくなっていった。
すると、美しい猫はふと振り返った。
思い出した。その猫はアシェラ・・・世界で最も希少価値が高いと言われる猫。僕みたいな田舎の猫でもその名前だけは知っている。
その猫は僕たちのことを見るわけでもなく、気まぐれに宙を見ながら「みゃあ」と呟いた。気高く美しい毛がほんの僅かだけ揺れた気がした。
その後、何もなかったようにその猫は祇園の中へと消えていった。
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