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京極様

 花音は歩きながら説明してくれた。

 今、京都では飼い猫、野猫など含めて、約七万匹の猫がいるという。南部では観音町をはじめ、宇治上、平等院といった猫たちの派閥がある。同様に中心地、北、東、西も有名な寺院を中心に縄張りがある。各派閥とも歴史が深く、縄張り争いなどのいざこざは絶えない。そんな京都の猫をまとめているのが、御所に由緒がある京極様という猫であるという。


「京極様・・・何だか偉そうな名前ですね」


 教授は眉毛をぴくっと動かして、呆れた目で僕を見た。


「君は本当に何も分かってないな。本当に偉いのだよ。京極家というのは皇族と言われる偉い人間に飼われていた猫の血筋だ」


「でも、以前、教授は生類憐みの令をつくった徳川家が一番偉いと言っていませんでしたっけ?」


 僕は思ったことを口にしただけだが、急に教授はもごもごと黙り込んだ。代わりに花音が口を開いた。


「京極様は一度だけ観音町に来たことがある。子猫だったから記憶が曖昧だけど、歓迎のために駆り出された覚えがあるの」

「どういうお方だったんですか?」

「・・・姿とかはよく覚えてないけど、京極様の周りには数十匹の猫がついて来ていた」

「数十匹・・・本当ですか?」


 観音様でさえ、外に出かける時に連れていくのは数匹だ。数十匹という数はとても現実的とは思えなかった。


「実際に見たから。それに、京極様は尻尾一振りで一万匹の猫を動かせるというの」

「・・・一万匹?」


 そんなわけあるものか、と思ったが今度は教授が口を挟んできた。


「京都の猫をまとめている京極様なら不可能ではない」


 教授が言うならそうかもしれない、と僕は少し怯んだ。


「だからこそ・・・きっと今回の徳川家の件も仲裁に動いてくれるはず。いや、徳川家は京都の猫にとっても脅威なのだ。絶対に分かってくれるはず。日が暮れたら会えない可能性もある。少し急ごう」


 教授の言葉は心なしか、今まで以上に心強かった。その後、僕たちは小走りで京極様の元に向かった。


 京極様は御所と言われる場所にある建物の一つを根城にしていると教授は言った。

 御所は京都の中心街にある、昔の偉い人間が住んでいた場所である。広大な敷地の中には建物がいくつもあるという。また、周囲は塀に囲まれて、いくつか門がある。

 昼間は出入りは自由だが、夜になると門が閉じられるらしい。故に門が閉じられる前に御所にいく必要があるのだ、と教授は言った。


 太陽が落ちかける直前に僕たちはその場所に到着した。徳川家がいた建物と同じくらい、いや大きさはそれ以上のような気がした。周囲は僕が全力で跳んでも到底、届かない高さの木製塀に囲まれていた。しかし、肝心の門は固く閉ざされていた。


「いや、まさか。こんなはずは・・・」


 教授は門の前で唖然としていた。あんなに自信満々に日が落ちる前までは出入りできるはず、と言い切ったのに今、目の前の門は閉められていて、びくともしそうにない。 


「・・・あの、この後はどうするつもりだったのでしょうか?」


 僕の言葉に教授は黙ったままだった。想定以上に早く門が閉まって焦っているのだろうか、耳がピクピクと落ち着きなく動いている。


「思ったのですが、門が開いていても京極様とは本当に会えたのでしょうか? 京都の猫たちを治めるほど偉い方が観音町の猫と突然、会ってくれたりするものなのでしょうか?」


 自然に言葉が口から出ただけだが、言い過ぎてしまったかなとすぐに反省した。後先のことを考えないのは僕の悪い癖だ。

 教授はへそを曲げたのか僕の質問には何も応えず、門の周辺をウロウロして「みゃあ」と鳴いた。意外にも綺麗な鳴き声だった。

 その後、何度か教授は鳴いたが一向に門は開く気配がなかった。教授は諦めたのか自暴自棄になったのか急に門に対してガリガリと爪を研ぎ始めた。猫の爪と相性がいいのか、古い木製の扉から勢いよく木の粉が散った。


「教授、落ち着いて。むやみに傷をつけたら絶対に怒られます」

「うむ・・・確かに」


 花音の言葉に教授は神妙な面持ちをして、ようやく落ち着いたようであった。しかし、時は既に遅し。僕も教授を真似して思い切り門に向かって爪を研いでいた。勢いよく木の粉が舞って、もう止められない。その時、僕に向かって何者かが思い切り体当たりをしてきた。視界が一瞬にして暗くなる。すぐに目を開けると門の近くに一匹の猫が立っていた。


 見たこともない毛並みの猫だった。白と黒のまだら模様の毛並み、額からは長い毛が垂れ下がっている。野猫とも飼い猫とも違う、不思議な外見の猫だった。

 思わずじろじろと見てしまう。


「狼藉者か、何をしている?」


 不思議な猫は明らかに僕たちに敵意をむき出しだった。その時、花音がすぐに目の前に立った。


「・・・私たちは観音町の猫です。京極様にご相談したいことがあり訪問した次第です」


 花音の言葉に相手は一瞬、虚を突かれたようだった。花音もまた何かに気づいたようだった。


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いろんな猫が出てきますね。
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