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正義の先に何がある?

 冷たく重い空気が上からずっしりと、のしかかってくるようだった。徳川家は決して口を開かず、僕たちが何かを言うのを待っているようだった。

 カラン、という鈴の音が聞こえた。

 耐えきれず、口を開いたのは花音だった。


「もういい、やめよう・・」

「どういうこと?」


 花音は身体を小さくかがませて、耳は後ろに倒れていた。喧嘩に負けた猫がよくする降参の姿勢だった。出発前の気高く強気な雰囲気は一切、消えていた。


 ああ、そうか。これが戦争なのか。そういえば教授がこの前、言っていた。


 正義を振りかざす時、動物は最も強気で、攻撃的になる。でも、歴史上、誰もが納得する正しいことなど存在しない。だから、正義なんてものは過信するな。その時はよく分からなかったので適当に尻尾を振って頷いていた。でも、今は何となくだけど分かる気がする。確かに正義なんてものは脆かった。みな、戦争なんて体験したことないし、想像することしかできなかった。僕はもちろんのこと、花音や教授も、観音町の猫たちだって同じだ。観音寺では皆、気持ちよく見送ってくれたが、自分たちが信じていた正義の先に何があるのか誰もわかっていなかった。


 観音様、あなたは言ってたよね。この戦争には大義があると。でも大義って何だろう。結局、観音様はもごもごと呟いていただけで、何が大義なのか一言も説明してくれなかった。だから、いま、このざまなのだ!


 僕の身体は震えていた。怒りなのか恐怖なのかは分からない。でも、全身の毛が逆立っている。その時、ふと『声』が聞こえた。


『・・・冷静になれ』


 一体、この声は何なのだろう。僕はぐるりと周囲を見回した。しかし、声の主の正体は分からない。言われるがまま、少し呼吸を落ち着かせた。

 花音は降参の姿勢をしたまま微動だにせず、教授は目の前の現実から逃避しているのか、ずっと自分の毛づくろいをしていた。

 そんな様子を察したのか、徳川家とスフィンクスはじっと僕の様子を観察していた。

 再び身体が熱くなってきた。もう耐えられない。考えれば考えるほど、逆効果だ。


「じゃあ、やりますよ」


 投げやりに呟いた。生まれて初めて、僕はキレてしまった。一番最悪の時、しかも一番最悪の相手に。ちらっと花音と教授の方を見たが、何も反応してくれなかった。いや、何か反応したかもしれないが僕は気が付かなかった。


「・・・戦います。戦えばいいんでしょ?」


 僕は震えていた。身体の内側から得体の知れない何かが込み上げてきたが必死にそれを抑えた。

 たった今、独断で戦争を引き受けた。観音町に戻ったら、何でお前が勝手に決めたのかと批判が殺到するであろう。

 でも、徳川家の恐ろしさをはっきりと理解した。このまま何もしなければ一方的に侵略されて、いままで当たり前だと思っていた日常は当たり前ではなくなる。そんなのは嫌だ。


 僕にはまだまだ知らないことや、やり残したことが沢山ある。外資系が自慢していたチーズや生クリームを食べたこともないし、メス猫といい感じに交際したことすらない。教授が話をしていた海という場所にも行ったことがないし、主が大事にしていた鉄道模型を壊したお詫びもしないといけない。


 僕は自暴自棄になっているだけなのだろうか? よくわからなくなってきた。短時間で色々と考えすぎたせいなのか、全身が熱くなり、そろそろ立っているのもしんどくなってきた。

 誰も何も反応しなかった。部屋の中は、気まずい沈黙の空気が流れていたが、スフィンクスが低く唸るように笑った。


「・・・面白い」


 スフィンクスは徳川家の方を見た。徳川家は特に何も反応しなかった。異存ないということなのだろう。

 その瞬間、すっと音もなくスフィンクスが動いた。気が付くと僕の喉元に爪を立てたスフィンクスが目の前にいた。


「とりあえず、観音町の覚悟は、受け取った」


 僕は何も言えなかった。いや、何も動けなかった。

 徳川家は何事もなかったかのようにゆっくりと部屋から出て行った。それと同時にスフィンクスをはじめ、取り巻きの猫たちはぞろぞろと部屋を後にした。


 ずっと部屋に中に覆っていた重苦しい空気からようやく解放された。

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― 新着の感想 ―
大事な話し合いには役職者を連れて行った方がいいですね。続きが気になります。
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