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猫の王

 建物の廊下にはまるで置物のように等間隔に猫が座っていた。スフィンクスが横切ると首を少し下げたまま床を撫でるように尻尾を小さく左右に揺らした。あまり見ない仕草だが、恐らく主従関係を意味しているのであろう。スフィンクスは、廊下の猫には目もくれず、どんどんと奥へと進んでいった。気のせいか、空気が重く段々と息苦しくなってきた。


 やがてスフィンクスは一番奥にある部屋に入っていった。今までの重苦しい空気とは一変して、何だか身体がぽかぽかしてきて急に鼻がむずむずしてきた。奥の部屋から漂ってくるのは・・・またたびだ。その部屋からはまたたびの匂いがしていたのである。産まれてから一度か二度くらいしか経験したことがない。身体がぽかぽかするだけではなく、頭がぼーっとして吸い込まれるように部屋の中へと入った。


 しかし、その瞬間、僕の頭はすぐに正気に切り替わった。部屋の隅では教授と花音が縮こまっていて、廊下の猫と明らかに違う雰囲気の猫がバラバラと座っていた。


 闇に紛れる怪しき黒猫・ボンベイ、見たこともないような巨大の猫・メインクーン。無毛種で耳が異様に大きくカールしている猫・エルフキャット・・・。正直怖い。チラリと視線を向けられただけで、僕は身体が強張ってしまった。


 教授と花音も見たことがない種類の猫に囲まれてすっかり萎縮していた。僕の姿を見ると一瞬、目を少しだけ大きくしたが、すぐに俯いた。驚きなのか落胆なのか、表情からはよく読み取れなかった。


 そんな僕らをよそに、スフィンクスは聞こえるか聞こえないかギリギリくらいの声で低く、小さな声で鳴いた。すると部屋の奥で人間が座るような座布団で寝ていた猫がむくっと起き上がった。


「ペルシャ猫・・・」


 長く豊かで美しい毛に包まれた堂々とした容姿。その佇まいは気品に満ち溢れていて、それゆえにペルシャ猫は「猫の王様」と呼ばれている。

 このペルシャ猫が「徳川家」であることは明白だった。スフィンクスですら俯いて、徳川家とは目を合わそうとしない。徳川家は僕にゆっくりと近づいてきた。その圧倒的なオーラに動くことも、目をそらすことすら出来なかった。


「観音の爺は来ていないのか」


 徳川家は誰に向かってという訳ではなく、独り言かのように呟いた。答えたくても、声が出なかった。花音も教授も恐らく同じなのだろう。


「舐められたものだな」


 感情が読めない独特の声で徳川家は呟いた。


「まあ、お気になさらず。奴の考えなど、どうせ浅はか。見え透いております」


 はじめてスフィンクスが口を開いた。淡々とした口調だったが、威厳を感じさせた。


「恐らく、くだらぬ罠でも練っているのでしょう。証拠に間者を送ってきました」


 罠? 間者? スフィンクスは一体、何を言っているのだろう。徳川家は髭をぴくりと動かした。するとスフィンクスは黙って部屋から出て、すこし経った後、何かを引きずる音が聞こえてきた。


 ずず、ずずずず・・・。       


 その音は少しずつ大きくなり、まずスフィンクスの後ろ足が目に入った。恐らく、口に咥えて何かを引きずっているのだろう。後ろ足から胴体、前足、やがてスフィンクスが引きずっている物体が目に入ってきた。

 横たわった猫だった。全身の毛は赤く染まっていて、息をしているのか分からない。思わず目を瞑ろうとしたとき、スフィンクスが言っていた意味をようやく理解した。


 その猫は観音町の「外資系」だった。単独行動を行っていて何があったかわからない。でも、現実として彼は今、目の前に転がっていた。おそるおそる見ると喉の付近の毛が特に赤く染まっていて、今も血が滴っていた。

 花音は現実を凝視できず、じっと目を瞑って震えていた。教授もまた、目を反らしていた。ついこの前まで憎まれ口を叩いてた外資系は今はぴくりとも動かない。


 こんな時なのに、昨日みた自販機から孵化した蛾のことを思い出した。生死の境なんて、誰かが少し力を加えれば簡単に破れてしまう蛾のさなぎみたいに、とても薄い膜みたいなものなんだと何となく思った。

 その時、徳川家は初めて僕たちの存在に気が付いたかのように、ゆっくりと視線を動かした。花音や教授、僕の反応をじっくりと観察しているようだった。スフィンクスもまた同様にじっと僕たちのことを見たまま口を開かなかった。


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― 新着の感想 ―
シリアスな展開になってきましたね。
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