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スフィンクス

 ゆっくりと目をあけると今まで見たこともない光景が広がっていた。山田電機の店を横に何個も並べたぐらい広い幅に信じられないぐらい量の水が流れている。


「あ、もしかしてこれが・・・海?」


 もし、この水に落ちたらどこに流されていくのだろう。僕は思わず身震いして、右京の背中に爪を立てた。異変に気づいたのか右京はちらりと振り返って僕の方を見て、空を仰ぎワン! と鳴いた。それが何を意味をしているのか分からない。


 すると右京は目の前の水に向かって一目散に走り始めた。僕は思わず目を閉じた。バシャバシャと水が撥ねる音がする。撥ねた水は僕の全身に容赦なく襲いかかる。冷たい。怖くて目が開けられない。

 気が付くと右京の動きが止まった。おそるおそる目を開けるとさっきまで目の前にあった巨大な水の流れは後ろにある。


 右京はぶるぶると思い切り、身震いして水気を払った。僕は思わず背中から半分、ずり落ちた。右京はそんな僕の首根っこを噛んで、自分の背中へと運んだ。

 再び、右京は走り始めた。体中、水浸しのせいか、急に全身が冷えてきた。僕は気を紛らわせるため、目を閉じて眠ろうとする。しかし、大きな水の流れを越えた後、今度は鉄の塊が行き交う道路に出て、右京は走ったり、止まったりしてなかなか眠ることができなかった。

 やがて、道は段々と狭くなり、観音町のような小さな道を右へ左へと右京は進んでいった。似たような風景に安心したのは束の間。ふと視界が開けると観音寺とは比べ物にならないぐらい大きな鳥居が目の前に現れた。

 右京はハァハァと舌を出しながら、その場から動こうとしない。


「ここが・・・例の知恩院?」


 と気が付くのにそう時間はかからなかった。

 鳥居の先には大きな道が続いていて、山を背後に大きな寺らしきものが見える。恐らく、それが知恩院なのだろう。

 これからが本番だ。今から戦争の交渉を行う。身震いがした。でも、肝心の花音と教授はどこにいるのだろう? そういえば外資系は現地集合じゃなかったっけ? さすがに一匹だけだと心細い。

 チラリと右京の方を見るが、ハァハァと舌を出したまま僕の方を見ようともしない。観音町からここまで一緒に行動を共にして打ち解け合ったと思ったのは僕の勘違いだったのだろうか? すると右京は僕に背を向けたまま、元来た道をさっさと走って戻っていった。あっという間に右京の背中は小さくなり、やがて見えなくなった。

 僕は唖然とした。せめて、もう少しちゃんとした別れの挨拶ぐらいしてくれてもいいのに。こんなの、あんまりだ。


 僕はひとりぼっちになった。やる気に満ち溢れながらも、心細い気持ちが勝り、ついつい鳴いてしまった。悪い癖だ。鳴いたからといって何かが解決する訳ではない。でも鳴かずにいられない。哀しき猫の習性だ。


 その時、僕の鳴き声が聞こえたのか、一匹の猫が鳥居の奥からすっと現れた。耳が異様に大きく身体は痩せている。丸みのあるくさび形の頭、幅広の大きな耳、少しつり上がった目、ムチのように先端に向けて細くなるしっぽ。ちなみに全身に毛はほぼない無毛種だ。


「スフィンクス・・・」


 昔、教授に教わったことがある。筋肉質で運動能力が高く、しかも賢いときたもんだ。僕が勝っている所は恐らく何もない。


「あの・・・僕は観音町の山田電機・・・」


 せめて自己紹介はしなくては、と思ったがうまいこと声が出てこない。緊張しているのか、いや全身の毛が逆立っている。初めて恐怖を覚えているのだと気が付いた。今まで覚えたことのない感情だ。野猫と喧嘩した思い出が可愛く思えるほどだ。

 スフィンクスはレモンのような大きな目でじっと僕のことを見た後、くるりと背を向けて鳥居の奥に向かって歩いて行った。

 解放されたのか? いや、ついてこいという合図なのだろうか。真意を計りかねているとスフィンクスはもう一度振り向いた。ついてこい、という意味だと理解した。

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― 新着の感想 ―
スピーディな展開ですね。
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