拉致されて1日目
「水辺を探す!」
クワ! っと目覚めた瞬間、顔芸と共にそう宣言した。焚火をしているとさ、鼻の中が煤で真っ黒になるの。髪の毛も表面積の多さから煙を吸い込んで燻されてしまい、本来ドストレートの癖の付かない髪質なのにゴワゴワになって、目覚めたら寝癖で大爆発状態だ。
「……切るか」
もう我慢の限界だ、髪を切る! 項でまとめるとナイフを当てて一気に引く。だけどナイフの刃が甘くなっているのかバッサリとは行かない。裁縫セットから鋏を取り出してちょとずつ纏めては髪を切っていく。
「はて~しいない~おお~ぞら~と~」
思わず松山千春の「大空と大地の中で」を口ずさんでしまう。ええ歌やなぁ、無造作に髪をジャキジャキ切っていく。歌い終わるころには不格好ながら肩口で髪を切った私の顔が手鏡に移っていた。なかなかええやんけ。スッキリと軽くなった頭に気分も軽くなる、床に広がったドヨンと長い髪をまとめる。切られた長い髪ってなんか不気味だ。捨てるにも抵抗がある、焼くにも臭いし、釣り糸にでもするか? そんな事を考えていると、切られた髪からモンスターが消滅するときの虹色の泡のエフェクトが沸き立つ。
「っうぉ!」
握っていた髪を慌てて放り投げると、空中を滞空している間に髪は虹色の泡に溶けるように消えていった。しばらく呆然としていると、軽くなったはずの頭に馴染み深い、ジトッとした重さが垂れ下がった。掴んでみると、ドヨンと長い髪。
「なんでやねん」
せっかく切った髪が、元の長さで戻るってどういうこと? そういえば、髪型変更券ってあったなぁ。もしかして外見ってロックされているのか? あ、でも髪の毛サラサラに戻ってる……散髪が洗髪の代りになる? あ、でも、HP減ってるわ、じゃ~ダメか? いやダメか? 頭を剃ると頭を洗えるって事にならないかなこれ? でも労力的に洗った方が楽か、やっぱりダメか~。残念な結果になってしまったが仕方がない、髪の毛を三つ折りに束ねてイヤーフラップキャップの中に仕舞いこんだ。
テントを片付けて「ポーニエルの実」を一握り食べたら、水探しのついでに西への行程を進める事にした。乗りリャマくんを使いたいけど、そこはぐっと我慢する。乗りリャマくんは継続何年のボーナスアイテムだったっけ? 平均的な騎乗生物(大体馬)とスペック的に違いが無いが、エセリアルボーナスにより体力が少し多く設定されていた。もし、冒険者の人攫いに遭遇したとして、逃げ出す時に乗りリャマくんが万全の状態であれば、スタミナ差で逃げ切れるって寸法だ。非常時のためにも無駄使いは出来ない。
鞄を担ぐとまた西へテクテクと歩き続けるて昼頃になると、街道は崖下の小川に橋をかけて続いていた。
「お風呂や!」
小川がお風呂にしか見えない、今日はもうここでお風呂に入るんだ! 早速私は崖を降りると、増水しても流されない場所を野営地にするために散策を始めたのだった。




