疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達
友達と花見をするはずが、兄妹でピクニックに来たみたいになった
――うぅ 寒びぃ
そう思いながら、日野祥太は、パーカーを着た首を竦める。
時刻は午前七時。辺りには自分と同じように、場所取りを命じられたのだろう人が、五、六人シートの上に佇んでいる。
三月下旬。花見の季節だ。日中は暑いくらいの日もあるけれど、朝晩はまだ冷え込む日もある。
祥太がいるこの公園は、広くはないが芝生を取り囲むように桜の木が植っていて、近所では花見スポットとして有名だ。
公園から家が一番近い、ということで場所取りを命じられたのだ。
――花見しよー!
四宮大希から、メッセージが届いたのは、先週だった。
それは〝祭〟というグループのメンバーに送られた。なぜ、グループ名が祭なのかというと、そのメンバーが高三の時、文化祭のクラス委員を通じて知り合ったからだった。
とはいえ、グループのメンバーは祥太を合わせて三人。そのうちの一人が大希で、もう一人は澤田麻子という女性だ。
祥太は自分がパッとしないことは自覚している。麻子も同じ部類だ。眼鏡をかけていて、ふくよかな体つきの麻子は〝お母さん〟という感じがする。
一方で大希は二人とは逆だ。ネコ科の動物を思わせるような気まぐれさと、顔立ちの愛らしさでモテまくっている。
不思議な組み合わせなのだが、大学二年になった今でも、こんな風に連絡を取り合っているのだ。たまに、一緒に出かけることもある。
友達、というほど距離は近くないような、かといって顔見知りというほど淡白ではないような、不思議な距離感なのだ。
三人は運悪くくじ引きで、クラス委員をすることが決まったのだった。祥太がA組、麻子がB組、大希がC組だった。
その高校では、三年生は各クラス模擬店を出すことになっていた。店の内容や設営場所など、各クラスで決めたことを、クラス委員が集まって文化祭までに話し合う必要があった。
初回のクラス委員顔合わせの後、大希が祥太と麻子に言った。
「俺、いろいろ忙しいから、集まる時間ないんだよね。だから、次からはメールで打ち合わせしない?」
その大希の提案は、ありがたかった。麻子も了解し、その場でグループを作った。
で、文化祭は終わり、連絡取る必要がなくなったにも関わらず、そのグループは消滅することなく、今も生きている。そして、花見をしようとしているのだった。
***
スマホをズボンのポケットから出す。7:40と表示されている。あまりの時間の経過の遅さに、気が遠くなりそうだった。
二人から昨日きたメッセージを読み返す。
――集合12時で! 祥太、場所とりよろしく!
これは大希。
――少しだけなら顔出せます
これは麻子。なぜか麻子は丁寧語を使う。
――場所とってるから、ちゃんと来いよ
祥太は二人にメッセージを送った。すぐに既読1と表示される。これは麻子だろう。
既読2にならないまま、時間は過ぎた。
早起きしたせいで、祥太は眠気に襲われた。十二時までまだ四時間はある。そう思い、シートに横になった。
***
眩しさで目が覚めた。
目を開けると太陽がだいぶん高い位置まで昇っている。周りを見ると、何人か集まり始めたグループや、もう既に宴会モードになっているグループが目に入った。
午前十時だった。後二時間……待つしかない。祥太はシートの上に寝転がったまま、大きく伸びをした。
昼が近づくにつれて周りはどんどん騒がしくなる。祥太はだんだん、自分が一人でぽつんとシートに座っているのが、無性に寂しくなった。
シートにはメルヘンチックなラメが施された、天使のキャラクターが描いてある。今年に入ってすぐ、別れを切り出してきた彼女が、祥太の部屋に忘れていったものだ。
天使がこちらを見て、笑いかけてくる。それには無性に腹が立った。
とにかく麻子でも大希でも、どちらでもいいから早くきてほしい。
***
十二時を少し過ぎた頃だった。人混みの向こうから、麻子が近づいてくるのが見えた。祥太の方へと迷わず近づいてくる。
ようやく孤独の時間が終わると、ほっとした。
麻子は相変わらず、お母さんの雰囲気を漂わせている。手に持っている大きな紙袋には、何か食べ物が入っているのだろう。体を器用に横向けながら、人混みの中を歩いてくる。
「すいません。遅くなりました」
丁寧語で話すのもいつも通りだ。祥太が口を開く前に、麻子は紙袋からタッパーと深めの取り皿を取り出した。中に入っていたのは、おでんだった。
――やっぱ、お母さんだ!
祥太が心の中で叫んでいる間に、麻子は言葉を続けた。
「じゃ、私、用事あるんで。これで。あ、タッパーは捨ててもらって大丈夫です」
そう言って紙袋を畳んでいる。
「え? え?」
祥太がそう言っているうちに、麻子はくるりと背を向け、人混みの中に消えていった。
――少しだけなら顔出せます
とは言っていたけど、こんなのあり⁈ と思った時だった。スマホが震えた。大希からの着信だった。
***
麻子の滞在時間の短さに動揺しつつも、電話に出た。
「あ? 祥太?」
こちらもいつもと変わらない大希の声だ。
麻子の件を話そうと、口を開きかけた時、電話の向こうで「何、友達に電話してんのよ!!」と叫ぶ、女性の声が聞こえた。なんか、まずい気がする。
「彼女との別れ話が延長線に持ち込まれてて、行けない」
大希は早口でそう言った。え? 今日に別れ話?
大希のその言葉を聞いて、彼女であろう女性が「きーっ!!」と怒り狂う声がした。
いや、意味わからん、と思っていると大希は言葉を続けた。
「俺の代わりに塾帰りの妹が行くから、昼飯食わしてやってくれ! 今日、親いなくてさー。昼ご飯、食べさせるように言われてんだよね。じゃ、よろしく!」
大希は叫ぶように言うと、一方的に電話を切った。電話が切れる直前「絶対別れないからー!!」と、絶叫する声が聞こえた。
――はぁぁぁぁぁ⁈⁈
祥太は途方に暮れた。
***
いっそのこと帰ってやろうかと思ったけれど、大希の妹が本当にくるなら、おいてきぼりにするのは、可哀想な気がする。
それに大量のおでんがある。
祥太はこういうところが気が小さいというか、優しいのだ。すると、スマホが震えた。
――後、五分くらいで妹、行けるっぽい。祥太、今日どんな格好してる?
お前は彼女と別れ話の途中だろが! とツッコミたくなるような、冷静なメッセージが届く。
――青いパーカー着てる
何やってんだろ、と思いつつ返信する。すぐさま了解というスタンプが送られてきた。
***
そして今、祥太の目の前には、一人の少女がいる。大希の妹の利穂だ。中学三年生。眼鏡をかけていて、長い髪を二つに結えている。
麻子のおでんの卵を、半分に割って口に入れている。
大希とは似ていない。誰にでも愛想をふりまく兄とちがい、むすっとしている。
そりゃそうか。兄に急に見ず知らずの男に、昼飯食わしてもらえと言われたんだもんな。と同情する。
それにしても、何だこの兄妹でピクニックにきた、みたいな構図は。どうしてそうなったのか、最早、祥太にもよくわからない。
おでんは冷めていたけれど、味は間違いなくお母さんの味だった。
読んでいただきありがとうございました。
今、まさに桜が満開で、綺麗ですね!
みなさんはお花見に行かれますか? 友達や家族、職場の仲間。桜を見ながら、楽しい時間を過ごせますように。