食べることにしました
愛しくて愛しくて愛しくてもうどうしようもないので、私は彼女を食べることにした。
私だけを見る眼球も笑みを浮かべる唇も長い髪も、少し短い手足も全部全部、それぞれ工夫を凝らしてとった濃い目の出汁の入った容器に分けて、容器には身体のどこの部位であるのか名前を書いたシールを貼った。日持ちするものでもないと思うので、この時の為に買った冷蔵庫に、私は〝彼女〟を保存した。捜索願とかどうでも良い。私は完璧に善良な一市民だからなんら疑われることもない。毎日、私は彼女の身体の各部位を美味しくいただいた。それは幸福の味だった。それは愛の味だった。私の頬を感激の涙が伝う。私と彼女は一つになったのだ。これからも分かち難く一つ。何て素晴らしい。彼女の両親、兄妹が消えた彼女を想い、涙を流している。何て素晴らしい。愛ありきの劇場は感動で輝きで優しさで満ちている。いつまでもいつまでもいつまでも、どこまでもどこまでもどこまでも、永遠に二人きりになった、永遠に一つきりになった私と彼女は誰もが羨む恋人同士でどこから見ても完璧に違いなくて。
私の目の前から彼女が消えた。私だけを見る眼球も笑みを浮かべる唇も長い髪も、少し短い手足も全部全部、どこかへ行ってしまった。消えてしまった。え? なぜ? どうして?
彼女は私に愛を囁いてくれなくなった。だってもうどこにもいないから。私を通過して透明の国に行ったから。こんな筈じゃなかったって何度叫んだだろう、何百回、何千回、何万回、叫んだだろう。けれど彼女は戻って来ない。どうしてどうしてそんなのおかしい。だっておかしいじゃないか。彼女が私の前から消えるわけなどないのに。どうして空は平和の青で、小鳥が愛らしく歌っている、撃ち殺してしまえ。どうしても! どうしても! どうしても! 彼女に逢いたい、触れたい、語り合いたい愛し合いたいでも出来ない。
私は彼女の居場所に思い当たった。それは唐突な天啓のようなものだった。包丁を取り出し、腹部を切り裂く。でろりと出る赤黒い塊。探せ、探せ、探せ、彼女はこの中にいる、きっといるのだから。赤黒く赤黒く、私の座り込む床まで染まるけれど彼女の一片すら見出せない。やがて私の目は物を映さなくなった。五感がまっとうに機能しない、なぜだろう、なぜだろう、考えて。
あ、いた。
彼女がいた。
笑ってる。手招いている。私を。
良かった。私は心底安堵して透明で綺麗な川を渡った。今までどこにいたの。心配したんだよ。彼女は小首をちょっと傾げてごめんなさいねとあの可愛い唇で言ったから、私は全てを許してやることにして、その唇に口づけをした。それにしても彼女は、どうしてこうもバラバラなんだろうか。