ないしょのちかい
妾の真の名はエリザベート・ド・ベルナール。
そう名乗り始めたのはいつの事だったかしら?
もう思い出せない。
小学校に上がった頃にはそう名乗っていたから、たぶん幼稚園の時かも。
その頃には幼児用のゴスロリ服を着て、魔法少女ごっこに夢中になっていた。
ひらひらしたママの作ってくれる衣装はいつだって妾を魔法少女にしてくれる。
うちに来るおねーさん達が、妾が魔法の国から来た魔法幼女だって、すごくかわいがってくれたから、妾も気を良くして一生懸命に魔法少女であろうとした。
だけどそれはただのお遊びだった。
子供達がよくするごっこ遊び。
それなのに何気ないお友達のある一言で、妾は本気で魔法使いを目指すこととなった。
その言葉とは。
「りょうこちゃんのままって、なんでかたほうのあしがないの?」
子供にとっては当然の疑問だったでしょうね。
ある日、義足の調子が悪くて松葉杖をついて幼稚園に迎えに来た母を見て、お友達はそういったのだ。
だけどずっとそれを見てきた妾は、足が一本無い、妾の母のほうが変なのだと、その時初めて気がついたのだ。
自分の世界がガラガラと音を立てて崩れていくのがわかった。
妾に見えていた世界は魔法の国ではなく、そう見せていたまやかしで、妾にとって普通の母親は、他人から見ると普通でなくて、もう何が現実で何が幻想か、自分ですらわからなくなった。
自分ではではちゃんと使えていたと思っていた魔法は、単なる思い込みでしかなく、ひらひらのお洋服は魔法少女の証ではなく、単なるゴスロリ服。
その日から妾は魔法の国から追い出された単なる幼女になっていた。
この世界に魔法なんてない。
悪人をやっつける魔法少女もいなければ、魔法の国もない。
世界が灰色に塗りつぶされようとしていた時、何気なく見たテレビ。
そこに写っていたのは魔法少女でも何でもないおじさん。
だけどそのおじさんは、迫り来る魔物に対して、炎の魔法を放ったのだ。
はじめはなにかのテレビ番組かと思っていた。
ダンジョンが現れて二年ほどたった頃。
本物の魔法使いが現れ、本当の魔法が使えるようになったと、テレビなどで言い始めたのだ。
何が本当かよくわからなくなっていた妾は、ママやパパに本当に本当か、自分も使えるようになるのか何度も聞いた。
本当だった。
ダンジョンの中なら才能さえあれば魔法使いになれる。
魔法少女になれるのだ。
魔法少女はどんな困難な状況でも逃げ出さない。
どんな状況でも悪からみんなを守る正義の味方。
もし、本当に魔法少女になれるのであれば、妾はそんな魔法少女になりたい。
そう願うようになっていった。
それは、もう一つの願いがあったからでもある。
一本足の足りないママ。
どうして足がないのと聞くと、事故でなくなったの。昔のことよ。
というだけで、どういう事故だったのか話してくれることはなかった。
だけど妾は知っている。
事故の内容ではなく、それを今でも嘆いていることを。
夜中におトイレに目覚めた時、何かを叩く音が聞こえたので、そっとそちらの方へいくと、当時着けていた義足を何度も何度も叩くママの姿。
『なんで動かないの! なんで何も感じないの! なんでこんなに冷たいの!』と。
妾は怖くなってそのままベッドに戻って、翌日おねしょした。
だけどママは怒らずに笑って見事な世界地図を洗って乾かしてくれた。
昨晩のことなど何もなかったように。
だけど妾は知っている。
それは見せかけだけだと。
ママが作ったお家やお洋服と同じ、見せかけだけの幻想だと。
そんなこともあって、妾にとって魔法少女は唯一つの救いであった。
だって魔法少女ならなんだってできる。
魔法少女は魔法が使えるから魔法少女なんかじゃないことを妾は知っている。
人々を笑顔にする魔法が使えるから魔法少女たりえるのだと。
アニメのエンディングはいつでもみんなが笑顔で終わる。
だから妾は見せかけではない本物の魔法少女になると誓った。
みんなを笑顔にする魔法使い。
それが妾の目指す究極の魔法少女。
世界を恐怖に貶めたダンジョンは妾の希望となった。
ダンジョンに行けば魔法が使える。
魔法少女になるには、ダンジョンに行くしかない。
だけど現実は残酷だった。
ダンジョンに入れるのは一八歳以上の成人。
もうそれでは魔法少女ではないではないか。
とは言えそのくらいで諦めないのが魔法少女。
魔法少女はどんな困難にも立ち向かうのだ。
その事実を知ったときにはすでにその程度の逆境では動じないほど、頑なになっていた。
ダンジョンになんとか侵入する術がないか、夜中こっそりダンジョンの周りをうろついて補導されたり、お家に来るおねーさま方に本物の魔法使いになりたくはないか聞いてみたりなどなど。
妾の奇行はますますエスカレートしていった。
そんな妾は周りの子供達にとって異分子だったらしく、妾は孤独をより一層深めてった。
そんな妾であったが、なにも魔法使いだけが憧れではなかった。
そのひとつがもふもふね。
魔法少女といえば使い魔を引き連れているのは当然のこと。
でもうちは高価なアンティークの家具がたくさんあるので動物を飼うことはできなかった。
おとなしい小さな動物だって逃げ出さないとは限らないし、小さなカップなんかだと簡単にひっくり返ってしまうから。
だから妾に仕える使い魔を探すため、学校で飼っている動物に目を着け、飼育委員になった。
最初は使い魔にすべく飼育委員に潜入した妾だったが、そのもふもふぶりに、妾のほうが虜にされてしまった。
この妾が不覚を取るとは。
しかしこれは負けても仕方がない。
もふもふたちは、手触りの良さもさることながら、その温かさ息遣いが直に伝わってきて、生きているのだとまざまざと感じさせてくれた。
そして思い知ったのだ。
血の通わぬ冷たい義足を何度も叩いていたママの気持ちが。
ママはいつからか義足をつけるのをやめ、車椅子に乗るようになった。
『このほうが楽なのよ』とママは言うけど、本当の理由は違うと思う。
血の通わぬ義足がそこにあるのに耐えられなくなったのだと。
今の義足はけっこう高性能で、ちゃんと練習すれば杖なしでも歩けるらしい。
それどころかパラリンピックなんてオリンピック選手とほぼ変わらない記録を出しているくらいだ。
車椅子に比べれば全然移動のしやすさが違うのに、ママは二度と義足をつけることはなくなった。
魔法少女に憧れ魔法少女になれないジレンマに悩み、誰にも理解されずに一人孤独に戦っていたそんな時、妾に近づいてくる女の子がいた。
明るくて元気で、人気もありそうなのに、陰気で不気味で意味不明な行動を取る友達もいない自分に近づいてくるとか、とんだもの好きもいたものね。どうせ馬鹿にしにきたんでしょと、最初の頃は思っていた。
だけどその子は、妾が作った『設定』を馬鹿にするでもなくちゃんと聞いてくれた。
真の名を名乗ると、じゃあリザちゃんだね! と愛称で呼んでくる始末だ。
どうしたものかと思っていたら飼育委員にまでついてくるし。
至福の時を邪魔されるのは嫌だったが、餌やりやお掃除が早く終わると、もふれる時間が逆に長くなることに気がついてからは、手伝ってくれるのなら歓迎だった。
何しろ学期が進むに連れて来る人が少なくなっていたので、掃除の時間も長くかかり、モフる時間が短くなっていったから、お手伝いしてくれるのなら大歓迎だった。
いつしか妾のとなりにはいつも千紗がいて笑っていた。
妾もまんざらではなかったから、千紗が妾のゴスロリに興味を示したので、物は試しとうちへ招待したらママが暴走した。
いきなり千紗の服を剥ぎ取り下着に剥いたかと思ったら採寸を始めるし。妾はその手順を何度も受けていたからさほどびっくりしなかったけど、千紗ちゃんが目を回していたのが妙に楽しかった。
自分と同じ体験をした友達がいることがこんなにも嬉しいと、この時初めて知ったのだ。
ママはその後『神が降りてきた』といって工房に引きこもったからちょっと心配になったけど、おねーさま方が持ち込んだスイーツがあると聞いて、そんな思いはすぐに吹っ飛んだけれど。
甘いは正義よね。
次の週、またお友達を呼んでとママが言うので千紗を連れてきたら、またまた裸に剥かれて、このところ工房に引きこもって作っていたらしいゴスロリ服を千紗に着せて写真をたくさん撮り始めた。
『天使、天使がここにいる!』とかつぶやきながら写真を撮ってたけど、ママ大丈夫かな?
その後はお家にパパいるのとか、伺ってもいいかと聞いて連絡させて、千紗のお家に押しかけていったみたい。
そこでどういう話になったのかは知らないけど、その後千紗とはゴスロリのモデルさんを一緒に務めることとなった。
怒涛の展開である。
明るい千紗ちゃんはここにくるおねーさま方にも人気で、以前にもまして妾たちの撮影日に合わせて予約を入れる人が増え、当然用意されるスイーツの質も量も段違いとなった。
撮影後は使い終わったスイーツで、撮影じゃない本物のお茶会が開かれる。
慣れない撮影で疲れ果てた千紗ちゃんもこの時はテンション上がりまくりだった。
甘みは正義よね。
ただそれを見ているだけでも楽しくて、一緒にいることが嬉しくて。
それは孤独に魔法少女を目指していたときには思いもよらない出来事だった。
ゴスロリ服のように黒く塗りつぶされた妾の世界に一筋の光が差し込んできた瞬間でもあった。
友達と同じ時間を共有するのがこんなにも楽しいものだと妾はこの時初めて知ったのだ。
それからは、クラスメイトとも話すようになったし、同じ飼育委員の子とももふり友だちになれた。
妾を笑顔にする魔法。
それを使った彼女は紛れもなく、妾にとっての魔法使いだったのだ。
この時妾は誓った。
千紗の守護者になると。
千紗の使う魔法は妾を笑顔にする。
紛れもなく彼女は魔法少女だ。
だから彼女がダンジョン探索クラブに入ると言い出した時は、妾が守らなければと、強く思った。
そしていつか、彼女のように、ママを笑顔にできる魔法少女になると、あらためて誓ったのだった。
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