表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/98

ないしょのけつい

新連載開始します。


本作品でも楽しんでいただければ幸いです。


 その時のことはほとんど覚えていないんだよね。

 突然巻き起こる悲鳴と怒号。

 当時千紗はまだ三歳で、周りで何が起こったのかすらわかっていなかったんだ。

 ただ、悲痛な叫び声がとても怖かった記憶だけがある。

 その後聞こえてきたのは『千紗を、千紗をお願い』というままの声。

 それからずっと『ぼくがたすけなきゃ、ぼくがたすけなきゃ』というおにいちゃんの声が聞こえていた。

 千紗はまだ幼くて、あまり早く歩けなかったからベビーカーに載せられ、買い物に来ていた。

 そのベビーカーが今にもひっくり返るんじゃないかというほどガタガタ揺れて、でも後ろにおにいちゃんがいると思うと不思議に怖くはなかった。

 見えるのはただ流れては消えていく景色だけ。

 どのくらいそうして走っていたかはわからない。

 いつしかベビーカーは止まり、その後の記憶はない。


 千紗が覚えているのはそこまでなんだよね。


 ほとんどの時間はおばあちゃんと、おじいちゃんの家にいて、

 遅い時間にぱぱが帰ってきて、おうちに帰りたいって泣き出すとお家に連れて行ってくれて。

 だけどお家に帰ったけどままがいなくて、ぱぱだけがいて。

 なんどもなんども家の中をままを探して回った。


「まま、どこにいるのー。ちさはここだよー」


 だけどもちろんままはいなくて。

 ようやく物心ついたころ、ままはあそこだよと連れて行ってくれたのは仙川ダンジョンといわれる、ままを奪った場所。

 なぜそこでままが固まっているかよく理解できなかった。

 だけどぱぱは何度も何度も千紗が理解するまで、ここで何が起こったのか教えてくれた。

 突然現れたいくつものダンジョン。

 出現時に現れた黒い靄にふれたところは接着剤で固定されたかのように動かせなくなるという、当時の監視カメラやスマホなどの映像。

 そして千紗を助けてくれた従兄だというおにいちゃんのこと。

 だけどおにいちゃんはいつも怖い顔をしていた。


 毎年あの日にはままにお花をあげに仙川ダンジョンにいく。

 それ以外にも寂しくなったらままに会いに来る。

 そこで時々見かけるおにいちゃんは、ダンジョンを囲む壁をにらみつけるようにして、何時間も立ち尽くしていた。

 ぱぱにご挨拶しなくていいの? と尋ねても、おにいちゃんはまだふっきれていなんだ。そっとしておいてあげよう、そういって千紗の手を取って家に帰るばかりだった。


 千紗が小学校に上がり、あの事件のことがちゃんと理解できるようになっても、おにいちゃんの顔は怖いままだった。

 だけどこのところは、ただ怖いだけじゃなくて、とても悲しそうに見える時があった。

 あんなことがったのだから、悲しいのも当然だろう。

 文字通り親の仇なのだから、仇を見るような怖い顔をしているのも当然だと、理解できるようになっていた。

 だからよけい、何年たってもおにいちゃんの心の傷が癒えていないのを見るのが辛かった。

 千紗が近づけば、きっと悲しむ。

 そう思うと声をかけるのもためらわれた。


 ぱぱから何度も聞かされたあの日のこと。

 ままから千紗を託されたおにいちゃんは、ベビーカーに乗せた千紗を逃がそうと、必死に駆けていたそうだ。

 千紗達が保護された時、おにいちゃんは靴が脱げ、靴下さえ破れ、裸足になって、足が血まみれになり、呼吸も止まりそうなほど激しく息が乱れているのに、それでも止まろうとしなかったそうだ。

 その異様な様子を見た人がなんとか確保して病院で保護。

 後に仙川ダンジョンの犠牲者の家族と知れて、ぱぱたちの元へ連絡が行ったらしい。

 保護された地点は何キロも離れていて、そこを裸足で走ったものだから、おにいちゃんの足は相当ひどいことになってたそうだ。

 手や膝なんかも擦りむいていて、何度かころんだらしき跡もあったとか。


 実際の所、仙川ダンジョンが飲み込んだのは、ほんの二十メートルほどのエリア。

 何キロも逃げる必要などなかったのだから、おにいちゃんのことを馬鹿だという人もいた。

 だけど黒い靄は、どこまで広がるかわからなかったのだから、正しい判断だったという人もいる。

 千紗もそう思う。

 当時あんな現象に出くわした人はおらず、子供はおろか大人だってあの現象が何だったかわかってなどいなかった。

 たった二十メートルで収束するなんて誰もわからなかったのに、おにいちゃんを馬鹿にするなんて許せなかった。

 おにいちゃんは千紗を助けてくれた英雄、スーパーヒーローさんなのだ。

 おにいちゃんが必死になって千紗のことを助けてくれたのは千紗が一番良く知っている。

 何度も転び足の裏がぼろぼろになるまで走り続けるなんて、大人の人だってそうそうできないだろう。

 それをやったのはまだ小学校を卒業したばかりの少年なんだ。

 今の千紗と二年しか違わないのだ。

 なのにおにいちゃんは、ままから託された千紗を見捨てることなく走りきった。

 何度も転び、足が痛かったろうに、息が苦しかっただろうに、それでも前に進むことを選んだのだ。

 千紗を助けるために。ままの最期の願いを聞き届けるために。


 逃げるだけなら千紗とベビーカーなど置いて逃げればよかったのだ。

 そしたらもっと早く、もっと遠くに逃げられたはずだ。

 だけど、おにいちゃんはベビーカーから手を離そうとはしなかったらしい。

 最後には救急隊員が無理やり指を一本一本引き剥がして救急車に押し込めたなんて話も聞いた。


 そんなにも必死になって千紗を助けてくれたおにいちゃん。

 何年たっても心の傷が癒えたように見えないおにいちゃん。

 本当は千紗を助けず、おにいちゃんのままや妹を助けられたらと後悔しているんじゃないか、千紗を見たらお前なんか助けなきゃよかったと罵倒されるんじゃないかと思うと、怖くて声がかけられなかった。

 だから、あの日助けてくれたお礼を言いたかったけど、もう何年もお預け状態なのだ。

 千紗の自己満足のために、母親と妹を失ったおにいちゃんの心をこれ以上傷つけるのは嫌だった。

 それ以上に千紗の英雄さんに、罵倒されるのが怖かった。

 だからただ、おにいちゃんが献花台の前で立ち尽くし、立ち去っていくのを見ているしかなかった。


 転機が訪れたのは千紗が五年生に上がってすぐ。

 おにいちゃんのぱぱが来て、今度結成されるダンジョン探索クラブに入ってくれないかといわれたのだ。

 息子の和斗が講師を務めるからと。

 一も二もなく引き受けた。

 そしたらリザちゃんも一緒に入るって。

 一人ぼっちだった妾を守ってくれたから、今度は妾が守ると。

 そんなつもりはなかったんだけど、正直リザちゃんの申し出はありがたかった。

 一人でおにいちゃんと会うのはやっぱりまだ怖い。


 リザちゃんは四年生の時の一緒になったクラスメイトだ。

 本当は佐藤良子ちゃんという名前なんだけど真の名前を呼んでくれっていうので、リザちゃんと呼ぶことにしたんだ。

 リザちゃんは一年生の頃から目立っていた。

 いつもゴスロリってひらひらの服を着て、男の子からはからかわれ、変な口調と設定? のせいで女の子たちからは遠巻きにされていた。

 リザちゃんが女の子としてもとても可愛らしかったのもそれに拍車をかけたと思う。

 男子って馬鹿だから、気を引きたくて意地悪をする。そんなことをしたってかえって嫌われるだけなのにね。

 女子はキレイな服を毎日着られることや男子に構われるリザちゃんが羨ましくて、余計にきつく当たる。


 千紗はそんなにされても頑なに自分のスタイルを貫き通すリザちゃんに、興味を持っていた。

 きれいなお顔はどうにもならないにしても、着ている服や言動はどうとでも直せるはずだ。

 だけどそれをしない。

 いじめられようが無視されようが、一日たりともゴスロリを着ない日はなかった。

 そんなリザちゃんが千紗にはすごく輝いて見えたんだ。

 根拠のない妄想でおにいちゃんのことを怖がって、何年もお礼を言えていない自分。

 何をいわれようとも、貫き通せるだけの強さが欲しかった。


 おにいちゃんが千紗を罵倒するような、そんな人じゃないって思いたいけど、毎年ダンジョンの前で見せるあの顔は今の千紗が見てもとても怖い顔なのだ。

 しかもいつも来ているはずなのに今年は献花に来なかったおにいちゃん。

 吹っ切れたから来なかったのか、それとも単に用事があったからか。

 一年も顔を見ていないから、いまどんな顔付きをしているかわからない。

 まだ怖い顔のままなのだろうか。

 それともなにか変わっているのだろうか。

 変わっているとしたらどんなふうに変わっているのか。

 もっと怖い顔になっていたらどうしよう。

 昔の千紗がかすかに覚えている優しい顔に戻っているといいなとか、もうぐるぐるだ。


 そんな状態の時に付き合ってくれるというリザちゃんの申し出はとてもありがたかった。

 リザちゃんの強さは千紗にとってのあこがれなのだから。


 だから、同じクラスになった時は、真っ先に声をかけたし、リザちゃんと同じ格好をすれば自分も強くなれるとばかりに、どこで買ったのか聞いて、家でままが作ってるって聞いて、毎日着てこれる理由に納得して。

 千紗がゴスロリに興味を示したら、一度遊びにおいでよと、家に連れられていったら、そのまま採寸されて、次に遊びにいったら千紗のゴスロリ服ができていた。


 訳が分からないよ。


 うん、何があっても自分を貫くところは親子だねぇ、としみじみ思ったものだ。

 その後千紗にゴスロリ服着せて、写真いっぱい撮って、お家まで押しかけてきて、千紗にモデルさんにならないかって千紗とぱぱを説得して。

 気がついたらリザちゃんとおそろいのゴスロリ服着て、何度かモデルさんしてたw


 わけがわからないよ。


 だけど、それが楽しかった。

 自分じゃない自分になれたみたいで。

 おにいちゃんとのこともあり、人の顔色をうかがうようなところのあったわたしだが、このころからあまり気にしなくなっていった。

 気遣いしないわけじゃなくて、なにかいわれても、自分に自信があれば何をいわれても気にならないって気がついたんだ。

 他人が見ているのは自分のごく一部でしかない。

 ゴスロリ着てモデルさんしてるなんてみんな知らない。

 なのにわかったようなふうに自分を否定する人の言葉など、聞き流したってかまわない。

 だってそれは千紗のことじゃなくて、千紗が見せる一部分だけ見て批判しているんだから。

 リザちゃんのことだって同じ。

 ほんの一部だけを見て、その人の全部を否定する。

 それは本当に愚かな行為だ。

 もちろん。

 人はだれだって他人の本当のことなんかわからない。

 なのにどうしてそれを持って他人のすべてを否定できるのか、千紗にはわからない。

 否定するのであればその気に入らない一部を否定すればいいのに。

 そんな人の言葉など聞き流せばいいのだ。


 もしおにいちゃんがそんな事を言って千紗を否定したって、千紗を助けてくれた事実に変わりはないんだもん。

 どんな恨み言をいわれたって、おにいちゃんに感謝している自分のこの気持ちは本物だ。

 それだけはおにいちゃんでも否定はできない。


 だから、次に会った時に言うんだ。

『おにいちゃんはダンジョン災害のときに千紗を助けてくれた命の恩人。千紗の英雄さんなんだよ! おにいちゃん、今まで言う機会がなかったから今言うね! 千紗を助けてくれてありがとう!!』と。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価等していただければ励みになります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on異世界のジョブズに、僕はなる ~定年SEの異世界転生業務報告書~
もよろしくお願い致します。こちらは異世界ファンタジーになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ