ラジオババア
ある夏の日のこと。いつものように2人は路地裏でマリファナを吸いながら雑談をしていた。
「キモチェーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「なぁ、最近この辺に出るって噂の怪異『ラジオババア』って知ってるか?」
「ひょへ、ひょへ、らははぁ〜〜〜あ」
「だよな、ここいらで知らねぇ奴なんていねぇよな。」
「zzZ」
「それでさ⋯⋯」
にょんぽぽは神妙な面持ちになり、言葉を続けた。
「実は昨日、ヤスがラジオババアにやられたらしいんだよ」
「何、ヤスが!?」
にょんぽぽの言葉に驚きを隠せない様子のゆんぽぽ。ヤスといえば彼らの仲間の中で1番足の指毛が長い男だ。そんな奴がやられるとは、とゆんぽぽは恐れおののいた。
「落とし前つけねぇ訳にはいかねぇよな」
ゆんぽぽがどっしりとした声で言った。
「当然だ。だがな、ラジオババアは強ぇんだ。一筋縄ではいかねぇらしい」
「強ぇって、どう強ぇんだ?」
ゆんぽぽがにょんぽぽに訊ねた。
「なんでも1万円以上するラジオを惜しげもなく投げまくってくるそうなんだ」
「サンタさんかよ! 怪異のくせに物理攻撃なのかよ! ⋯⋯あっはぁ! はぁ、はぁ、あ〜〜〜〜にょえ〜〜〜」
ゆんぽぽの姿を見て分かったと思うが、薬物はやらない方がいいぞ。全員こうなるからな。
『ハーイディハイドーハイデャ♪』
ゆんぽぽの喉の奥の方から女性の歌声が聞こえる。にょんぽぽは耳をすましてみた。
『ハーイディハイドーハイデャ♪』
やはりゆんぽぽの体の中からハッキリと聞こえる。なんの歌だろうか。
『ハイディ ハイド ハイデャッハラッハッハッハッハッハハーイ⋯⋯』
ゆんぽぽの体からの歌が止んだと思った次の瞬間「イヤアアアアアアアアアアアアアアア!」と叫んでゆんぽぽは内側から破裂し、辺りに肉片とメダカと正露丸と漢字ドリルが飛び散った。薬物をやると全員こうなるからな。やらん方がいいぞ。
「禁断症状なのか断末魔なのか分かんねぇえええ! ゆんぽぽーーーーーーーっ!!!」
にょんぽぽは相棒を失った悲しみと怒りと突っ込みとで我を失い、40度ずつ回転しながら「なんでやねん!」をジェスチャー付きで繰り返している。
そして、先程までゆんぽぽが中腰で片足で立っていた場所に、高級そうなラジオを山ほど担いだ血だらけの老婆が姿を現した。
「お前がラジオババアか! ゆんぽぽを肉風船爆弾にしやがって! 覚悟しやーせ!」
正気を取り戻したにょんぽぽがラジオババアを睨んだ。
「いやいや、あたしゃこいつを殺そうだなんて思ってなかったんだよ」
ラジオババアは言い訳を始めた。強いはずなのになぜ言い訳をするのか、にょんぽぽには分からなかった。
「お昼にうどん屋さんでうどんとおにぎりのセットを食べてたらね」
「怪異がうどん屋行ってんじゃねーよ!」
「今話してるのに、突っ込むんじゃないよ! でね、食べ終わってお会計で財布からクーポン券を出したらね」
「怪異がクーポン使ってんじゃねーよ!」
「んもう! 話が進まん!」
にょんぽぽの執拗なツッコミに苛立ちを隠せない様子のラジオババア。
「んでクーポン券を使おうとしたらね」
「怪異がクーポン使ってんじゃねーよ!」
「2回も同じツッコミするんじゃないよ!」
本当に話が進まなくて怒り爆発のラジオババア。
「あたしの後ろに並んでたゆんぽぽとかいう小僧がね、あたしに『怪異がクーポン使ってんじゃねーよ!』ってイチャモンつけてきたんだよ」
偶然にもゆんぽぽも同じツッコミをしていたようだ。
「ほんでラジオ投げつけてやろうと思ってポケットに手を入れた瞬間、あたしゃこいつの腹の中にいたんだ。丸飲みされたんだよ」
「マジかよ」
ゆんぽぽの生前のとんでもない行動に動揺を隠せない様子のにょんぽぽ。
「ババア丸飲みなんて趣味悪すぎだろ」
「さっきからお前はなんなんだい! あたしゃ怪異なんだよ! もう少し怖がりなさいな!」
「俺ァクスリやってんだよ! 怖いものなんかねーよ! 特にババアなんぞ怖かねぇわバーカ!」
「ババアババアって勝手に人のことをラジオババアって名付けよってからに! キィーーーーー! 許せーーーーーん!」
ラジオババアはラジオを構えた。新品で税抜き29800円の高性能ラジオだ。仲間内で最も足の甲の血管が見えるにょんぽぽは直立不動を貫いている。
「覚悟! 1発で仕留められますように、願掛けーっ! 29800円(税抜)アタァーーーーーック!」
ラジオババアは時速290kmの豪速機を放った。
「アギャーーーーーッ! 棒立ちだから避けれないいいいいいどうしよーーーっ!」
にょんぽぽは絶望したような声で叫んだ。
「危なっし!」
にょんぽぽに恰幅のいい男が被さり、ラジオを背中に受けた。
「グッ!」
背中に深々とラジオが刺さっている。
「ぽんぽぽさん! なんでここに!」
「後輩のピンチに現れるのに理由がいるか?」
「ぽんぽぽさん⋯⋯!」
目に涙を浮かべるにょんぽぽ。歯と歯の間から出てきた昼に食べたワサビうどんのワサビを噛み潰したためだ。
「あああーっ! 29800円+税のラジオがああああ! これじゃ使いもんになんないよ! 1発で仕留めないと破産しちゃうよーっ!」
取り乱すラジオババア。
「惜しげもなく投げまくるって噂なのに⋯⋯話が違いすぎるだろ。なんなんだこのババア」
冷静に毒を吐くにょんぽぽ。
「黙りな小僧! お前にあたしの気持ちが分かるもんか!」
「分かるわけないだろ!」
「グハァッ!」
全然心配してもらえないぽんぽぽが改めて攻撃食らいボイスを発した。
「うるさいね!」
ラジオババアは手に持っていたラジオ全てをぽんぽぽに投げつけた。当然ぽんぽぽは絶命した。組織内で最も足の爪が汚かった男、死す!
「後はあんだだけじゃ! 死ねぇーっ!」
ぽんぽぽに刺さっていたラジオを引っこ抜き、振りかぶったラジオババア。
『えー、次のニュースです。間もなく18時より、女性用風俗店"レッドレター"にてタイムセールが適用されます。120分コースが8万円引きとなっておりますのでぜひ皆様ご来店を!』
ラジオCMを聞いたババアの動きがピタリと止まる。
「えーっとデフォルトで3万円だから⋯⋯今行くと5万円貰えるのか! 行くっきゃないね! ばっひょーい!」
そう言ってラジオババアはこの路地裏からいなくなった。ここにはただ足の爪が汚い死体と、かつて相棒だったものの破片と、呆然と立つにょんぽぽの姿だけがあった。
「あ! 小僧発見! 死ねーーーーっ!」
どこからか猛スピードで飛んでくる15800円のラジオ。
「グハッ!」
ラジオは見事にょんぽぽのチンポコに命中してきんたまも破裂したため、生命活動が停止しその場に倒れた。
この街には200万人のラジオババアが住んでいると言われており、ラジオババアではない者は隠れて裏の世界で生きなければならない。
中には死にたくないがために自らラジオババアになることを志願した者達もいたが、彼らは全てラジオジジイになった後殺されてしまった。ラジオババアのターゲットはラジオババア以外の全てのもの。ラジオジジイも標的なのである。
JKがラジオババアに志願したらどうなるのかって? さっき言ったよね。全員ラジオジジイになってその後ラジオを刺されて殺されるって。JKも例外じゃないのよ。
あなたの街にもラジオババアはいます。家の中に4人ずつくらい。
ババアは高級なラジオをたくさん持っているので、ハードオフに行ってババアごと売ってくるというのもアリだと思います。60万円になった人もいるみたいですよ。ただ、ババアはその間大人しくしてくれている訳ではありませんからね。
ゆんぽぽが飛び散ったシーンで、なぜうどんが飛び散っていないのかという空耳質問が聞こえたので答えておきます。実はゆんぽぽはうどん屋ではうどんを食べません。同行人が取ってきた天かすとネギを少しずつ拝借するだけなのです。そういうタイプの店じゃなかったら何もなしです。水だけ。ゆんぽぽは無職なのでそうやって生きています。マリファナは闇金で借りたお金で買ってるそうです。