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RAW ~召喚された異世界で不死身の身体に~  作者: 佐々木
序章 異世界召喚篇
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006 男ふたり、裸の付き合い


 会食を終え、ベトラクト氏から風呂に入った後、自室で休むよう指示される。

 それに従い、メイドさんに連れられ食堂を後にし、長い廊下をひたすら進んで大浴場へと案内された。


「こちらでゆっくり身体をお清めください」


「あ、はい。ありがとうございます」


 一言礼をすると、メイドさんはペコリと頭を下げた後、そのままどこかへと去ってしまった。

 

「私は風呂に入る必要がないため、先に部屋へ戻っているよ」


「え、聖霊って汚れもしないの?」


「物理的な汚れはそうだね。この肉体を構成するのは物質ではなく魔力だから」


 つくづく便利な身体だな、本当に。

「では」と、そう言って踵を返すフェルトを見送った後、浴場内へと足を踏み入れた。

 中には銭湯と同等か、それよりはやや小さい程度に広大な脱衣所。造りは大理石だろうか、優しく綺麗な乳白色の壁や床。それらは照明の光を反射し美しいコントラストを生み出してもいた。その光景は食堂や他の部屋に負けず劣らず豪勢なものだったと言える。

 ううむ、脱衣所でこの規模だ。これには浴場のそれにも期待してしまうというもの。この屋敷、本当にいくらかかってるんだろう。日本で同等の屋敷を立てるとなると、安く見積もっても数十億円規模になるのではなかろうか。


 いかんいかん。感心して呆けてる場合ではない。さっさと服を脱いで風呂に入ってしまおう。

 テキパキと脱衣し生まれたままの姿となる。勢いのまま豪快に浴室の扉を開くと、中からはむせ返るほどの白い蒸気が立ち込めており、蒸しあがるような高温に一瞬だけ立ち眩みにも似た感覚を覚えた。サウナかここは。


 しかし、想像通り立派な浴場だ。脱衣所と同様に大理石造りの大浴場。まさしく大浴場の名に相応しい広大さで、この浴場だけで間違いなく僕の自宅より広かった。立ち込める湯気もさることながら、この一面の白世界はどこか幻想的で、不思議と心地よい気分にされる。


「おや?」


「うん?」


 内部を見渡していると、広大な真っ白空間にぽつりとひとつの異物が存在した。


「いやあ、こんな広い浴場をひとりで貸し切りというのも、なかなか落ち着かないものだな。歓迎するぞ」


 どうやら先客が居たようだ。

 湯船に浸かっているため胸から上しか見て取れないが、それにしても筋骨隆々で屈強な身体。

 短い緑色の頭髪で、どこか見た覚えのあるこの顔。


「たしか君はベトラクトさんのお客人だったかな?」


「ああ、たしか護衛の隊長の人……」


 そう、そこにいたのは例の護衛団の隊長の男だった。

 確か名前は──


「えっと、たしかレリックさんでしたっけ」


「はっはっはっ、その通りだ! 俺のことはベトラクトさんに聞いたのかな?」


「ええ、まあ……」


 なんだかやたらとテンションが高いな。執務室での彼はベトラクト氏からの叱責からか意気消沈しており、その表情はとても苦々しいものに染まっていた。今の彼からはとても想像できない姿だったと言える。


「俺の名前はレリック・ノルドストーム。よろしくな、少年」


 バシャンと豪快に湯船から立ち上がり、握手を求めるようにこちらに手を差し出すレリックさん。その勢いに押され、やむを得ずその手を握り返した。


「えっと、どうも。僕の名前は宮井リョウって言います、よろしくお願いします」


「そうか、ミヤイと言うのか。変わった名だな」


「ああ、いえ。ミヤイは姓で、名はリョウの方です」


 そうだった。元の世界でも、外国では基本的に名が前で姓が後なのだ。ついつい日本人としてのクセが出てしまった。

 一々訂正するのも面倒くさいし、今度から気をつけよう。


「ほう、これまた変わった名前だな……」


 そう言って、今度は何か物思いに耽るようマジマジと僕の裸体を見つめるレリックさん。そうジロジロと見ないで欲しい。やめてくれ。


「もしかしてお前、《御使い》じゃないか?」


「え──?」


 《御使い》って、さっき食堂での話の中に出てきたアレ?

 ベトラクト氏も僕をそうじゃないかと疑っていたが、そもそも《御使い》とはなんなのか?


「……えっと、御使いではない────らしいですよ」


らしい(、、、)とはまたおかしなことを。自分のことなのにどうしてそう他人事みたいな言い回しをするんだ」


「それは────」


 正直、《御使い》と言うものが何なのか、僕にはまるで見当もつかない。この世界のことをまるで知らない、異世界人である僕にとってそれは当然とも言えるだろう。

 だがしかし、僕が異世界から来た人間だと言うことは決して悟られてはいけない。それはこのレリック・ノルドストームに対しても例外ではないのだ。


「……ぼ、僕は田舎の出で、その《御使い》というものの事を、そもそもよく知らないんですよ。だけど同じことを質問された時に、相方が違うと否定していたので、そう答えさせてもらいました」


「ほう、なるほど。……おお、それなら納得だ!」


 苦し紛れの言い逃れだったが、なんとか納得してもらえたようだ。


「いやいや、すまないな。どうにも俺が知っている《御使い》も、お前と似たような名前だったものだからな」


「いえ、別に構いませんよ」


 ようやく手を離してもらえたので、逃げ出すよう早々にこの間合いから離脱する。これ以上変な追及をされるのはごめんだ。


「うん? どうした、湯に浸かりに来たんじゃないのか?」


「いえ、先に頭と身体を洗ってからにしようと……」


「おお、たしかにその通りだな。しっかりと洗うといい」


 はっはっはっ、と快活に笑うレリックさん。うーん、早く出て行ってくれないかなあ、この人。


 宣言通り、湯船へ浸かる前に頭と身体を一通り洗う。その間、終始こちらをジロリと見つめる視線を感じた。当然この場には僕とレリックさんしかいないわけで、であればその視線の主もまた必然と言えるだろう。

 背後からひたすらに僕の方を眺めるレリックさん。一体なんなんだ、何が目的なんだこの人。先程の握手の時もそうだったが、この人の視線にはやたらと力がある気がする。

 もしかして、僕のことをまだ疑っているのだろうか。


「……あの、なにか?」


「ああ、結構細身……いやヒョロっちい身体だなと思って」


 ほっとけ。いや、ていうか今言い直す必要あったかな? 訂正した方が、より失礼な感じになってしまったよね。


「部下をやった狼共を倒した男と聞いていたからな、どんな歴戦の猛者かと思っていたら──それがなんてことない子供だったわけだからな、少し拍子抜けしてしまった」


 なるほど、確かに納得だ。

 僕はこの人のように鍛え抜かれた肉体を持っているわけでもなければ、歴戦を潜り抜けた戦闘技術を持っているわけでもない。どこからどう見てもただの子供で、そんな子供が魔獣と戦い打ち勝ったと言うのだから不思議で仕方ないのだろう。実際、僕が同じ立場だったら、きっと彼と同じ気持ちだったに違いない。

 

 そうこうしてる内に頭と身体を一通り洗い、湯船に浸かる準備を終えた。レリックさんが上がった後、一人でゆっくりと湯船に浸かりたい気持ちも山々ではあるが、一向にその素振りを見せないため仕方ないので諦めることとする。観念して共に湯に浸かろうではないか。

 足先からゆっくりと身体を沈める。湯加減は若干熱い程度で、のぼせる程の物でもなく丁度良い心地だ。今日は色んなことが一度にあり疲労が溜まっていたのか、普段よりも身体が癒される感覚に浸れた。

 

「なかなかのモノだろう、ここの湯は?」


 僕の夢心地な表情を察してか、そう尋ねるレリックさん。


「ええ、疲労が吹き飛びますねこれは」


 まさに極楽。少しオヤジ臭いが、肩まで湯船に浸かった際、あまりの気持ちよさに「あ゛~」と声まで上げてしまった始末だ。


「俺はあまりこの屋敷が好きじゃないんだが、この大浴場だけは気に入っててな。ここだけは本当に大したモノだと思ってるんだ」


「屋敷、好きじゃないんですか?」


「ああ。なんていうか、こう……全体的に豪奢すぎると言うかなんというか。正直肌に合わないんだよな」


 なんとなくだが、その意見には同意できる。というか正直、ここに来てからずっとそう感じていた。

 この屋敷はやけに豪奢すぎる。

 食堂や厨房、あとはこの浴場といった実用的な施設にお金をかけるのは僕としても理解できる。しかし廊下やら階段やら、また各所に設置されたオブジェクトや貴金属類やそれら装飾など、そういった非実用的な部分にまで実に豪勢に遇らわれている。これは少々やりすぎではなかろうか? ベトラクト氏、金持ちの考えることはよくわからないと思った。


「そういえば、話は変わるんですけど」


「ん、なんだ?」


「ベトラクト氏から聞いたんですが、レリックさん今日は外せない用があったとかなんとか。良ければ何をしてたのか教えて貰ってもいいですか?」


 僕はこの人に関して、最も疑問に感じている部分に踏み込むこととした。

 別に嫌味で問いただしているわけじゃない。護衛を後回しにしてでも優先すべき目的というもの。それが何なのか、個人的に気になっているだけだった。


「ああ……その話か。うーむ、なんて言えばいいか」


 何か他人には言いづらいような内容なのだろうか、レリックさんはしばらく考え込んだ後、躊躇いつつも口を開いた。


「まあなんだ、端的に言うと知り合いに会いに行ってたってとこだ」


「知り合いって……居るんですか、この町に?」


「そりゃあお前、生きてれば知り合いなんていくらでも出来るってモンだろう。まあ俺に関して言えば、俺がここの出身だからってのもあるけどな」


 なるほど、レリックさんはこの町ヴァレンダントの出身らしい。それなら確かに知り合いの一人や二人居て、その人に会いに行くくらいの用事があっても不思議じゃないだろう。

 ただ、彼の言い回しからは、何かを隠しているきらいがあった。彼の反応からして「知り合いに会う」という用事は、恐らく真実だろう。だがその核心には触れていない、そんな感じだろうか。


「今回の仕事だって、俺がここ出身だからって理由で派遣されたわけだしな。…………まったく、本当はこんな仕事本意じゃねえんだよ俺だって」


 ボソリと、吐き捨てるように小言を溢す。どうやら彼は、この仕事にあまり乗り気じゃないようだ。

 だが正直、今の発言は僕としてもあまり気持ちのいいものではなかった。


「……何でですか? 故郷を魔獣から守ることが、不本意なことだとでも言いたいんですか?」


 たしかに僕はここの住人じゃないし、ましてはこの世界の人間ですらない。でもだからって、今日のあの光景を見て、何も思わないはずがないだろう。あんな悲劇を引き起こす魔獣を許すことはできないし、その魔獣から町を、人を守ることは当然のことだと思っている。

 だからそれを本意じゃないと吐き捨てる彼の発言は、とてもじゃないが見過ごすことはできなかった。それもこの町出身の彼の口からだけは、聞きたくなかった。


「ああいや、違う! そういうことじゃあないんだ」


 僕が責める様に睨みつけると、彼は焦ったようにすぐさまそれを否定した。


「町を守ることこそが俺の本意だ。ここの人間の、誰にも死んでほしくはない。それは住人も部下もそうだし、ベトラクトさんにおいてもその通りだ」


「じゃあ、なにが本意じゃないってんですか」


「それは……」


 あぐねるように黙り込んだレリックさん。どうやら町を守りたいという思いは、ちゃんと彼にもあるらしい。では先ほどの発言は一体何なのか。「こんな仕事本意じゃねえんだよ」というその言葉の意味は、一体どういうことなのか。僕にはそれが皆目見当もつかなかった。


「……すまない。お前は納得しないかもしれないが、こういった仕事上、守秘義務というものがある。これ以上は説明できないし、したくない」


「……そうですか」


 守秘義務。そう言われると、これ以上はもうなにも追及できない。

 彼の町を守りたいという想いは本物だ。そして同時に、本意じゃないという発言も同様にそう。

 一見それらは矛盾するかに思えるだろう。だがしかし、こう考えてみるとどうだろうか。

 今回の仕事内容に町を守るというもの以外に、何か別の案件が含まれているのだとしたら。そしてその別件を煩わしく思っているとするならば、町を守りたいという思いと不本意な別件の二律背反に悩んでいるという予測がつくし、彼の発言にも整合性が取れる。


「わかりました。なら、これ以上は聞けそうにないですね」


「すまないな。部下の仇を取ってくれたお前には、なるべく誠意を見せたいところなんだが」


 謝らなければならないのは、むしろ僕の方だろう。勝手な早とちりで、この人の人間性に泥を塗るところだったのだから。こんなに実直で、真摯に他人のことを思える人間を疑おうなどと、恥を知るべきだ。


「レリックさんが気に病む必要はないですよ。それに、この町を守りたいという想いを確認できただけで、僕は満足です。……明日から協力し合って、共にこの難局を乗り越えましょう」


「……ああ。改めてよろしくな、ミヤイ・リョウ!」


 そう言い、僕たちは再び固い握手を交わした。

 痛いほど握りしめられたその手を、僕は不思議と不快には感じなかった。

 それは偏に、彼から感じ取れた誠意によるものだとわかる。


 レリック・ノルドストーム、僕は彼を信用しようと思う。

 彼は僕に誠意を示した。そして僕はそれに信用で返すべきだと思った。それが、僕が彼に対して示すべき誠意だと思う。







名前:レリック・ノルドストーム


概要:ベトラクト氏に雇われた傭兵団?の隊長。

   長身で筋骨隆々。声がでかくとにかくテンションが高い。


所属:傭兵団?

身分:隊長

出身:マンモン大陸 エリンダ地方 ヴァレンダント市《圏外区》

性別:男

年齢:22歳

誕生日:6月19日

血液型:B型

身長:185cm

体重:97kg

使力:???

   自然支配系。風系統の上位使力。



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