005 招かれた洋館にて
怒号が気になり、扉を開け部屋の外へと飛び出す。先程の怒号程ではないにせよ、廊下の奥からは未だに怒鳴り声が続いていた。
まるで誰かを叱責するような怒号。あまり穏やかじゃない表現も含まれており、僕でなくても何事かと勘繰ってしまうだろう。
「ちょっと様子を見に行こう」
などと、そんな気を起こしても仕方ないと言える。
幸か不幸か、未だ怒号は続いているため、その発生源の特定は容易であった。扉を開け廊下を出て左手側、突き当たりの扉の奥より怒鳴り声は発せられているようだった。
「このクソ役立たずどもが! 何のために貴様らに大金を払っていると思っている! ええ!? なんとか言ったらどうだ!」
物凄い剣幕で捲し立てる男の声。この声、どこかで聞き覚えがあると思ったら、僕達をこの洋館に招待したベトラクト氏のものではなかろうか。
先程までの温厚な口調と一転して、炎のような激しさをその声色に宿しており、とても同一人物のものとは思えなかった。
中の様子を伺うように聞き耳を立てていると、コンコン、と扉をノックするフェルト。
「失礼する」
そう言い放った後、中からの応答を待たずして勝手に扉を開けてしまう。……え、何やってんのお前? 遠慮っていうか常識ってものがないのかな?
「あぁ? 誰が入室を許────お、おっとこれはこれは」
室内にはベトラクト氏を含めた四人の男が存在した。
執務用の机に向かい、椅子に腰掛けるベトラクト氏。その目の前に、机を挟んでベトラクト氏の正面に直立不動で起立している三人組の男達。その内二人は路地裏で見かけた男達と同様の鎧を纏っており、その外見から氏の護衛を務めていた連中だと想像できた。
僕達の顔を確認した途端、野太い声音と鋭い目つきから一転して、柔和な表情と猫撫で声へと豹変する。
「い、いかがなされましたかな、旦那方?」
「いや、少し大きな声が聞こえてきたのでね。何かあったのではと思い様子を伺いにきたまでさ」
「こ、これはどうも御心配をお掛けしたようで旦那方。……おい貴様ら、とっとと退がれ」
唇を引き攣らせて、いかにもな作り笑いを顔に浮かべ、男たちに退出するよう指示する。
「ハッ、失礼します」
三人組の真ん中、長身で緑髪の男。この男が代表者だろうか、彼を筆頭に三人組は部屋を後にした。
「フン。────いやあ、どうもお見苦しいところをお見せして申し訳ない」
「いや、別に構いませんけど……あの人たち誰なんです?」
「先の者どもは私の護衛でしてね。背の高い男がその隊長なのですが、魔獣に襲われた際に私の近くに居らず一体何をしていたのかと叱責していた所なのですよ」
「なるほど」
やはりというか予想は当たっていたようで、路地裏での出来事を叱責していたのだと言う。たしかに、ベトラクト氏の言い分は理解できる。お金を払って身の安全を保証させている以上、今日の路地裏での出来事のような命を危険に晒す状況を生み出すということは、本来あってはならないのだろう。彼が護衛の人たちを叱りつけるのも納得できる。
「それと旦那、この件に関して折り合ってお願いがあるんですがよろしいですかな?」
「お願い?」
ええ、と頷いた後、ベトラクト氏が口を開いたその時。
「旦那様、御食事の用意が出来ました」
コンコン、と話を遮るようにドアを叩く音と、食事の用意が完了した旨の報告を受けるのだった。
◆◇◆
そうこうしている内に、どうやら食事の用意ができたらしい。
この家の侍女、メイドだろう金髪の女性に連れられ、執務室を後にした。あいも変わらず豪勢な廊下を進み、再び一階へと降りる。階段を降りた後、玄関ホールから左手に伸びる廊下を進み食堂へと案内された。
食堂内部の作りも簡素とは言い難く、他の空間ほど煌びやかに装飾されていないまでも、目に優しい白色と広々した空間がそこにはあった。
巨大な食卓のその一席へ着席するよう促される。席が多すぎてどこに座ればいいかよくわからなかったが、とりあえず適当に目に入った席へと腰を下ろし、フェルトはその隣へと座った。
それを確認して、ベトラクト氏もまた僕の向かい合う形となるように席へと座る。……なんなんだ、一体。こんだけ広い空間の、ここ一箇所に密集する必要なんてないだろう。もっと離れた席に座りなさいよ、まったく。
先程ここまで案内してくれたメイドが再び入り口から現れる。なにやら木製のサービスワゴンを転がしており、その上には三人分と思しき料理が並べられていた。
「ああ、私の分は必要ないよ」
三人それぞれの正面へと食器を並ばせるメイドさんに、フェルトが口を添える。
「旦那、遠慮なさらずどうか食べてください。うちのシェフの腕は一級品ですぞ?」
「必要ない。私は聖霊故、食事を必要としないのだ」
そういえばそんなことを言っていた気がする。
『私に金銭の類は必要ない』
フェルトの言い分から察するに、コイツにとっては水も食料も生命維持に必要ない物なのだろう。なんて素晴らしい身体だ、羨ましい。
不貞腐れるように鼻を鳴らした後、徐にベトラクト氏の方へと目を向ける。
「せ、せせ聖霊、ですと……?」
彼は目を丸く見開き、顔全体で驚嘆の意を表現していた。
「ふぇ、フェルト殿は本当に聖霊なのですか!?」
「えっと──はい、そうらしいです……」
両の手で勢いよく机を叩き、次いで食い入るようにコチラの方へと目を向けるベトラクト氏の勢いに圧倒され、つい弱腰になってしまった。
「じゃあリョウの旦那、旦那は聖霊使いってことで間違いないんですかい?」
聖霊使い──? まあなんとなく字面から察するに、聖霊であるフェルトと契約した自分は、それで間違いない思う。隣に座るフェルトの様子を伺いながら「はい」と首肯する。
「素晴らしい旦那! まさかそんな大物だったとは!」
机から身を乗り出して顔を近づけるベトラクト氏。更には僕の手を両手で掴み、ニギニギと揉み解す始末。やめてくれ、綺麗で素敵なお姉さんにならともかく、野郎にこんなことされても嬉しくないんだ。
「あ、あの……」
「おっと、これは失礼をば」
僕の物言いたげな視線を察してか、パッと手を離すベトラクト氏。しかし、そんなに驚くような事なのだろうか。聖霊と、聖霊使いというもの──思えば僕はこの世界について何も知らない。フェルトからあれこれ聞き出している途中でもあったし、いい機会なので彼からも色々聞いておこう。
「あの、聖霊ってそんなに珍しいものなんですか?」
「ん? ああ、いえ。聖霊そのものはあまり珍しい者でもありませんでしょう」
なんでや! さっきは聖霊って聞いて取り乱すように驚いとったやないかい!
「旦那もご存じの通り、この世界はあらゆる物に意志が宿っとると言われております。武器、土地、魔力、そして我々の使力もまた広義には同じとされておりますな」
ご存じの通りって────ああそうか、彼は僕が違う世界から来た人間だと言うことを知らないのか。
「あらゆる物に宿る意志なき意志とその力……それらを聖霊と呼んで久しいですが、その中でも稀に自我を持った完全なる個がこの世に生まれ落ちるそうです」
僕は迷った。この男に、自分の正体を明かすべきか否か。
『自分は異世界より召喚された人間であり、この世界の事情について何も知らない素人です。なので色々と教えてください』
そう頼み込むのは簡単だろう。だがしかし、そんな自ら懐を晒して見ず知らずの相手に謙る様な行為、果たして正解と言えるだろうか。
確かに僕は彼を救った恩人ということになっており、彼は僕に計り知れない程の恩があるだろう。
だが、その相手がろくに知識もないバカで、世間知らずな異世界人だと知れたらどうだ。いいように利用されるのが目に見えて分かる。もっと言えば、異世界人という珍しさから実験台としてどこかの施設に売り飛ばされたりだとか、異端審問に掛けられ火刑に処されるだとか──そんなありふれた展開も予想できるだろう。そんな事には絶対になりたくはない。
「フェルト殿もその一例でしょうな。いやはや、自立した聖霊など初めて見ましたぞ! 稀に生まれる自立した聖霊も、魔力の供給源となる契約者がなければ消滅するのみですし、契約には相性の良さも必要だと言うではないですか。この世界広しと言えど、聖霊使いなど片手で数える程度しか存在しないわけですから、旦那は極めて稀少な人間でしょう! 今までもそう言われて来たのでは?」
「……そ、その通り。僕はセイレイツカイ、極めてキショウ」
結局、僕は正体を隠す事にした。この世界生まれこの世界育ち、根っからのこの世界っ子として振る舞うこととする。
だって、騙されて実験台にされて火炙りにされるなんて嫌だから。
少し考えすぎかもしれないが、何事も用心するに越したことはないのだ。
しかしこの世界の人間として振る舞う以上、この男からあれこれ情報収集するわけにはいかなくなってしまった。そこだけは惜しいことをしたと思う。
「いやはや、すみませんなあ。食事を前に変な話を持ち出して──ささ、どうぞ旦那。遠慮せず食べてください」
「は、はあ。ありがとうございます」
何も食べないフェルトには悪いが、お言葉に甘えて食事にありつくこととする。
まずテーブルへと並べられたのは山菜メインの少量の料理だった。赤身魚の刺身と山菜類を特殊なソースで和えたそれは、僕の舌を唸らせるに容易だった。
この世界に来てはじめての食事であったが、なかなか悪くない。いやむしろめちゃくちゃ美味しい。ぼくが普段食べているものといえばレトルトやスーパーやコンビニで買った惣菜などの味気ないものばかり。それと比べるのも失礼な話ではあるが、この料理はとても素晴らしいものだ。ここの厨房ではきっと一流のシェフが雇われているに違いない。
皿の中身を平らげると次の料理が並べられる。なにやらコース料理みたいでワクワクした。繰り出される品々はどれもこれも絶品で、スープから魚料理、肉料理と余すことなく平らげた。
「……して旦那、本題なのですが」
ひとしきり料理を食べ終え、〆であろうデザートが卓上に運ばれたタイミングで、ベトラクト氏が重々しい様子で話を切り出した。
「聖霊使いともあろう高名な旦那にこの様なお願い、不躾とは存じておりますがどうか聞いていただきたい」
「ええ、まあ聞くだけなら構いませんよ」
正直、とても嫌な予感がする。あんなに意気揚々と話していた彼の雰囲気が急に重々しくなるのだ、そりゃ警戒して当然だろう。なにやらとてつもなく難解なお願いを頼まれる気がしてならない。
ただ、彼を助けたお礼とは言え、こうしてご馳走になってる手前、話を聞くくらいは当然だろう。とりあえず、内容にもよるが。
「──旦那。どうかこの私、ベクト・ベトラクトの護衛として雇われてはくださりませんか?」
「護衛、ですか?」
僕の問い返しに「ええ」と首肯するベトラクト氏。氏は続けるように口を開き、その意味を答える。
「旦那もご存じの通り、この町は今、魔獣の襲撃により危機に瀕しております。それ故、市民から集めた税金をやりくりして、傭兵を雇い町を守らせておるのですが」
なるほど。路地裏で彼を守り戦っていた二人と、先程執務室で叱責を受けていた人たちはやはり護衛で相違ないようだ。
「私はこれでも市長たる身。それ故強力な護衛を一人、常に身近に置いております。それが先程執務室に居た傭兵団の隊長を務めている男なのですが、此奴の能力は正直認めざるを得ないほど強力な物でして。奴が一人町の防衛に回るだけで、その被害は格段に軽減されると言えるでしょう」
「なるほど。彼を護衛として新たに雇うことで、間接的に町の防衛戦力を高めようと言うわけか」
フェルトの解答に首を縦に振り肯定するベトラクト氏。
「旦那には市税からではなく私個人の資産から報酬を支払うこととなりますが……どうでしょう、前金30万エルピと月報酬50万エルピをお支払い致しますが、如何ですかな?」
エルピ……というのがこの国の通貨だろうか?
しかしながら僕はこの世界の物価や通貨の価値をよくわかっていない。
「……フェルト、この月報酬50万エルピってどのくらいの価値になるんだ?」
ベトラクト氏に聞こえない程度の声量で、フェルトに耳打ちするように尋ねる。少し怪しまれるかもしれないが、お金の価値がわからないというのはなかなか致命的だ。ここだけはしっかりと理解しておかなければ、この話に返答することすらままならない。
それから、考え込むように数秒間を置いてフェルトは答える。
「……そうだね。まあ概ね、1エルピ1円という感覚で問題ないよ。地域によって多少物価は変動するが、そう言う認識で問題ない」
「なるほど……」
とすると前金30万円と、月毎50万円の報酬が約束されるわけか。いや、なかなかに高待遇だな。たしかに命をかけて魔獣と戦わなければならないとは言え、それにしてもこの値段は大きい。いい話としか思えないが、それ故に何か裏があるのではと勘繰ってしまう。
「勿論休日も週に2日程度設けます。それとこの館を自由に使っていただいて構いません」
「……そうですね。返事をする前に、いくつか質問をしてもいいですか?」
「おお、勿論ですぞ。私に答えられるものでしたらいくらでも」
今までの話からいくつか気になる点があった。安請け合いしたくはないし、慎重に判断しなければ。まずは疑問払拭から始まるとしよう。
「まず最初の質問ですけど、郊外に魔獣の群れが住み着いているって話ですけど、魔獣の群れってのは追い払うことは出来ないんですかね」
「……うーむ、難しいでしょうなあ」
少しだけ間を置いて、重々しく否定するベトラクト氏。
「一口に魔獣と言ってもその種類は多岐に渡りますからなあ。中でもここに住み着く双頭狼は強力なボス個体を擁立し、それを中心として群れを成す厄介な種族。──奴らを追い払うには、このボス個体を討伐するのが必須条件となるのですが、ボス個体は通常個体の数十倍の脅威とされており、更にボス個体の傍には常に取り巻きが張り付いているとされてます。こいつを討伐するのは骨でしょうな……」
なるほど。聞いた限り、たしかにこいつは骨が折れそうだ。
群れの壊滅には強力なボス個体の討伐が必須。しかしボス個体の周りにはただでさえ強力な魔獣が何体も控えているという。魔獣退治のセオリーとかてんで知らない素人だけど、これがどれだけ難題かというのは言われずともわかる。とりあえず、諸悪の根源を断つ──というのは、とても容易ではなさそうだ。
「じゃあ次の質問ですが……彼──ええと、隊長さん? 普段は彼に貴方の護衛をさせていると言ってましたけど、なぜ今日はそうではなかったんですか?」
「ああ……奴は今日どうしても外せない要件があるといって、一日暇を寄越せと言ってきたのですよ。代わりに部下を二人護衛に付け、果ては合図を寄越せばすぐにでも駆けつけると宣って尚あの始末ですわ。なので一体何をやっていたのかと問い詰めてもまともに答えやしないと……本当にふざけた男ですわ」
フンッと鼻息を荒くしつつ、そう答えるベトラクト氏。なるほど、それなら今日のあの状況にも説明がつく。例の隊長の外せない要件というのも少し気になるけど、それは彼に聞いても仕方のないことだろう。
「なるほど……じゃあ次に、彼の能力は認めざるを得ないと言ったましたけど、実際どれくらいのもんなんです?」
よしんば彼の護衛につくことになったとして、前任者の実力がどの程度だったのかというのは、とても重要なものになる。
隊長さんの実力が、僕なんか到底及びもしないはちゃめちゃに強力なものだったとしたら、彼の代わりにベトラクト氏を護衛するというのは難しいものになると言わざるを得ない。
護衛を引き継いだ後、その重荷に耐え切れず失敗するのが目に見えている。安請け合いしたくはないため、その辺はハッキリとさせておきたいのだ。
「ええ、あの男……レリックの奴は優れた使力使いであり、風系統の上位使力を操ると聞いております」
「な、なるほど。カゼ系統の、ジョウイアークね」
どうやら隊長さんの名前はレリックと言うらしい。
しかし正体を隠すと決めたばかりに、知らない単語が出てくると話が全然進まなくなってしまう。
フェルトとの会話から、《使力》と呼ばれるのがこの世界の住人が生まれながらに持つ、超能力の様なものだと言うことはわかった。そして《上位使力》というのは、恐らくだが使力の格付けの一つではなかろうか。ありがちだが下位、中位、上位と言った格付けがされてるのであれば、レリックと呼ばれるあの男は話の通り、相当な実力を有しているのだろう。
「問題ない。君の方がずっと強力だ」
そんな様子を察してか、横からフェルトがそう口にする。
いや、頼もしいことを言ってくれるがのは有難いけど、僕にはその使力なる力は備わっていないわけで、それにお前の援護がなけりゃ今日みたいに戦えないんだから、そう自信満々に答えないで欲しい。
「私もレリックより旦那の方が強いだろうと考えております。なにせ────」
ベトラクト氏までそんなことを言う始末。まあ彼については僕のことを全然知らないだろうから、仕方ないとも言えるけど。
「なにせ旦那は、《御使い》なのでしょうから」
「え?」
話の流れで、突如として聞きなれない呼称をされたため、少しだけ動揺する。
「え? 違うんですか?」
「ああ、いや……えっと」
キョトンとした表情で驚きを隠せない様子のベトラクト氏。
まずい。御使いと言うのもまた、この世界における常識の一つなのだとしたら、ここで誤った応答をするわけにはいかない。
そもそも御使いとは何か。元の世界の常識で考えると、御使いってのは天使とか神様の使いで相違ないだろうが、異世界においても同様とは言い切れない。
「いいや、彼は《御使い》ではない」
「え?」
僕の戸惑いを察してか、フェルトの口からベトラクト氏の質問に答える。しかしフェルトの回答は妙で、少しひっかかる違和感のようなものがあった。
「ちょ、フェルト──」
「問題ない。君への質問には、君の小間使いたる私の口から答えるとしよう」
フェルトの強引なその姿勢から、今は追求をやめることとする。
だが確かに、右も左もわからない僕があれこれ様子を伺いながら答えるより、フェルトが体良く回答する方が都合がいいと言える。
「いや、しかしあの傷の治り方は──」
「あれは私の治癒魔法によるものであり。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そう、ですか」
有無を言わさず、半ば強制的に納得させるフェルト。怪訝な面持ちを崩さないベトラクト氏だが、そこは自立聖霊の面目躍如。フェルトの少々強引な物言いにも納得せざるを得ないのだろうか、諦めたように最後には了解してくれた。
「……さっきの、僕を護衛として雇うという話ですけど」
「おお! どうですか、引き受けてくださいますかな!?」
条件は悪くない。金銭面の問題や情報収集など、総合的に考えて条件は悪いものではないのだろう。
だがしかし、僕の目的はあくまで元の世界に戻ること。
決してこんなわけのわからない世界に定住して生活することなどではないのだ。
「一ヶ月。とりあえず一ヶ月だけ、護衛を引き受けます」
「一ヶ月、ですかい。旦那……」
そう。とりあえずだが、一ヶ月だ。
目的の竜泉、そこまでの具体的な移動時間はまだ分からないまでも、お金が必要なことに間違いは無い。
それに今日明日で元の世界に戻ることは不可能なわけだし、数ヶ月の時間を要するというのも既に確定しているのだから、ここで資金調達をしつつ情報収集なども並行して行うことこそ建設的だろう。
「すみません。僕にも目的があって、あまりこの町に長居することもできないんです。ですので一ヶ月の間貴方の身を守りつつ、休みの日は護衛の人たちと協力して魔物の群れの排除も並行してやってみます」
「おお、それが叶うのならこちらとしても万々歳ですぞ! 是非ともそうなるよう願っております!」
ベトラクト氏も了承してくれたようで、円満に交渉成立と相なった。食卓を挟み、互いに握手を交わし、今回の食事会はお開きとなる。