003 恐いセカイ
「魔物……?」
魔法やら何でもありの異世界だ、魔物だろうが魔王だろうが何が居ても不思議ではない。ただ、人々の生活圏に魔物が襲撃してくるなどあり得ないだろう。
ゲームなどにおいて町というのは絶対安全圏、すなわちセーフティポイントだ。ダンジョンや魔物のうろつく街道とことなり、唯一の安全地帯であるはずだ。そうでないと理不尽だ。
外敵に脅かされる危険を常在化させるなど、ジャングルやサバンナなどの自然界と同様。人間のように睡眠という無防備な状態を生み出さねばならない生物は、そもそんな環境下で生活圏を形成すること自体が不可能なのだ。
「ここもじきに魔物に襲われる。私たちも避難しよう」
「魔物がここまで入ってくるのかよ! あの壁、なんのために立ってるんだ!」
フェルトの指示に従い、同様に人々と同じ方角へと避難を開始する。背後からは物凄い数の、何物かの足音が木霊しているいる。まるで競馬場、競走馬の土を踏み抜く足音が如き轟き。こちらを目指して走ってきているのだと、ハッキリとわかる。
一刻も早くどこかの建物へと避難したいが、どこもかしこも籠城せんと固く戸を閉ざしていた。いつまでもこんな開けた場所にいては良い的だ。一刻も早く、どこかへ逃げ込まなければ。
「おーい! アンタ、こっちだ!」
唐突に背後から声がかかり、思わず脚を止める。
声の方へと振り返ると道を外れた路地の方から、見知らぬ男がこちらへ手を振っていた。
「こっちだ! こっちの路地裏へ隠れ込め!」
路地裏。確かに開けた表街道よりは幾分かマシに思えるが、しかし袋小路もあり得る。逃げ場を失くしては元も子もないが、どうしたものか……。
「早くしろ! 死ぬぞ!!」
「……クソっ! 行こうフェルト」
迷っている暇はない。どの道あのままではどこにも逃げ場などなかったのだ。であるなら、一縷の望みに賭けてみるのも一つの手だろう。そう決意し、一目散に路地裏へと駆け込んだ。
中は予想以上に入り組んでおり迷路を彷彿とさせた。これならば後方から追われても簡単に追い付かれないだろう、そう思った。
一心不乱に、路地裏へと誘ったお人好しの見知らぬ男の背中を追う。リスク分散のためにも、本来なら別々の道へ逃げるべきかもしれないが、如何せん自分達には地理感がない。そのため、この男に着いていくのが最も安心なのだと、そう思っていた矢先──
「グルルルァ!」
眼前を走っていたお人好しへと襲い掛かる黒い影。それは物凄い勢いで男へと飛び付いては、鋭い牙をその喉元へと食い込ませた。
「かはっ──」
息つく間もなく、獣は男の喉笛を噛み砕く。男の身体は一瞬だけ飛ぶように跳ねた後、グッタリと糸が切れた人形のように力が抜ける。
その獣は黒く、巨大で醜悪だった。
黒い毛並みに獰猛な爪と牙、体躯は1mをゆうに超え、その見た目は狼に酷似していた。ただ通常の狼と異なるのはその毛色のみにあらず、その頭部は二つ存在し、尾は三つ。二頭三尾の獣がそこに居た。
獣は今し方仕留めたばかりの男に見入っており、こちらには気づいていない様子だった。
「今ならこちらに気づいていない。彼には悪いが、ここは逃げよう」
フェルトの提案に無言で首を縦に振る。
どう見ても助かる状態じゃない。申し訳ないが自分達だけでも逃げ出すのが賢明だろう。
少し後方、通り過ぎた十字路へと引き返しそこを右折した。
「ハァ……ハァ……あれか、町がこうなってる原因ってのは……!」
「その通り。この町の郊外に存在する森林は現在、魔物の群生地となっている。故に定期的に魔物の軍勢が町を襲撃する事態が続いているらしい」
なるほど。それなら町の活気のなさや、建物が傷だらけだったのにも納得がいく。にしても、魔物の棲家が町の近くにあるだなんて、本当に冗談抜きでサバンナやジャングル顔負けの弱肉強食世界じゃないか。これじゃあおちおち夜も眠れないぞ。
そこから先はひたすらに走り続けた。がむしゃらに、一心不乱に駆け抜けて、右折左折を繰り返した。走れど走れど似たような路地が続き、同じ道を右往左往しているだけなのではとすら思えた。
息も絶え絶えになりながら更なる曲がり角に差し掛かる。左折し飛び込んだその先、一本道が数メートル伸びているだけの行き止まりであった。
「げ、行き止まりか」
ここに居ても仕方ない、引き返そう。そう考え、踵を返したその時。
「い、行き止まりじゃとー!?」
今し方この袋小路へと逃げ込んだ自分達と同様に、別のグループもまたここへと誘われたのだった。
逃げ込んできた男たちは三人組。ふくよかな体格の男と鎧姿の男が二人。先頭に位置するふくよかな男が目の前の口径に絶望している中、後方の鎧二人組はしきりに後方を警戒していた。なにやらイヤな予感がする。
「グルルルァ……」
次いで、聞き覚えのある禍々しい鳴き声。
恐るべき巨躯。黒い毛並みの悪魔が、姿を現す。
グルル、と喉を鳴らし、唾液を垂らしながら獲物を睨む獣。前傾姿勢のそれは完全に戦闘態勢なのだと理解できた。今にも飛び掛かってきそうな雰囲気を察してか、鎧姿の二人組もまた警戒を強めるように腰に携えた剣を構える。
「ちくしょう魔獣風情が、やってやる!」
「戦闘行動へ移行します。ベトラクト様、下がっていてください!」
「あ、当り前じゃ! さっさとぶち殺してしまえこの馬鹿者が!!」
魔獣と戦闘を行うと宣言する鎧の男。二人に下がるよう促されたベトラクトと呼ばれるこの男、様付けで呼ばれていたことや先程の口ぶりからも察するに、何か偉い立場の人間だったりするのだろうか。だとすると、前の二人は護衛だろうか。腕利きの護衛であれば、僕たち共々この危機から救っていただきたいものだが。
「行くぞ、炎操権《炎の太刀》──!」
「なっ──」
瞬間、男の一人が構えた剣に炎が纏う。
驚いた。剣を構えた途端、突如として炎を生み出してしまうのだから、ビックリして声も出てしまうだろう。
「ハァ!」
燃える剣を構え斬りかかる男。剣を一閃のもとに振り落ろし、魔獣を両断せんとする。
しかし、振り下ろされたそこに魔獣の姿はない。突如として、男の目の前から消えてしまったのだ。
後方、少し離れた場所から眺めていたため、僕たちはそのすべてを理解していた。獣は消えたのではない。一瞬にして、一足にして男の背後へと回り込み、次いでその鋭い爪を突き立てようとしていた。
「風操力《風撃》!」
背後から襲い掛かる獣に、鋭い不可視の一撃が叩き込まれる。
手を振り払うもう片方の男。その所作がなされた後、獣は壁へと叩き付けられた。
「援護します!」
「すまん、助かる!」
二人掛かりの連携により、魔獣との戦闘はやや優位に進んでいった。炎を纏った強力な一撃で魔物を追い詰めつつ、高速を活かし死角へと回り込む魔獣を、見えない攻撃で凌ぐ完璧な連携。徐々に、しかし着実に魔獣を追い詰めて行く二人。このまま勝つのも時間の問題に思われた。
「グルルルァ!」
「がっ──」
炎の剣を扱う男の死角を補っていたもう一人の男がひとりでに、突如として崩れたのだ。否、上空より飛来したもう一体の魔獣の手により、である。
鋭い爪で背中を抉られた男。乗り掛かる獣を払い除けようと手を払う素振りを見せる。
「風操──」
瞬間、獣は男の首筋へと噛み付き、反応する間もなく喉笛を噛み砕かれた。
泉の如く溢れ出る鮮血。文字通り骨の髄まで食い尽くさんとするように、獣は一心不乱に男の身体を貪り食うのだった。
「アバロ!」
味方の危機に注意が逸れる。その隙を魔獣が見逃すはずもなく、隙だらけの背中へと襲い掛かった。
鋭利な爪の一閃は、常人なら致命傷となるに十分な威力を持っている。獣の一撃を受け倒れ伏した男の首筋へと牙を差し込み、同様に喉笛を噛み砕く。
「ひっ、ヒィィイイイイイ!」
他には目もくれずひたすらに男の死体を貪る魔獣の姿を見て腰を抜かした男は、這いつくばるように後退り僕たちの背後へと回り込んだ。
「た、頼む。ワシを助けてくれ! 報酬は弾む!」
などと、どう見ても非力で無力でひ弱な僕に向かって助けを乞うベトラクトと呼ばれるこの男、よっぽど切羽詰まっているのだろう。それはそうだ、自慢の護衛が二人たった今目の前で魔獣に殺されてしまったのだから。
だがしかし、だからといって僕に泣きつくというのは、いくらなんでもお門違いというものだろう。炎を纏う剣を操り、見えない一撃を叩き込む、あの二人に比べたら僕なんて敵うはずもない木端に過ぎないだろう。いや、比べるべくもない。比較的すること自体、彼らに失礼というものだ。
フェルトならともかく、僕は魔法も使えないのだから。
「フェルト、なんとか出来ない?」
そうだ、フェルトには魔法がある。僕との契約によって、魔力も回復している。であれば、魔法を使うのになんの心配もない筈だ。フェルトなら、この状況をなんとか打開できるのではないか。そう考えても不思議ではないだろう。
「ふむ。残念ながら、私に戦闘能力は皆無だ。魔法についても、治癒魔法と強化魔法なら一通りこなせるが、戦闘技術は皆無なのだ。サポートこそが私の本懐だ」
「あっ、そっすか」
少しでも期待して僕が馬鹿だった。やはりこいつは役立たずで相違ないようだ。というか──
「というか、サポートがどうのってんなら、なんでさっきの人達をサポートしなかったんだ」
当然だ。あの場において、最も戦う力を持っていたのは彼らに他ならない。コイツが彼らをサポートさえしていれば、あの魔獣にだって勝てていたかもしれない。今こんなどうしようもない状況に陥っているのは、他でもないコイツのせいではないなかろうか。
「確かにその通りだ。あの二人の実力なら、あの魔獣の相手は充分だと驕った私の責任だろう」
……確かに、コイツの言い分にも一理ある。魔獣が一体だけだったなら、間違いなく戦いは優位に進んでいたのだから。
それに二体目。こいつ現れたのは完全に想定外、誰にも予想できなかった自体なのだ。であれば、何も問題なければあの二人の実力のみであの状況は打開できていたはずなのだ。フェルトの判断も間違ってはいなかったのだろう。
「御仁、少し下がっているといい。あの魔獣は我々が相手取ろう」
「は!?」
さっき自分で言ったことを覚えていないのかコイツは。戦闘技術は皆無、出来ることはサポートのみ。そんな他力本願を地で行くコイツが、どうして魔獣を相手取るだなんて言えてしまうのだ。
「おい、今この場で戦える人間はいないんだろ!? 一体どうするってんだよ!」
「無論。戦ってもらうのさ、君に」
「はぁ!?」
こともあろうに、よりにもよってこの僕に戦ってもらうだと。バカも休み休み言って欲しい。僕みたいな何も持たない非力な人間に、あんな熊より強そうな魔獣と戦えるわけがないだろう。絶対に死ぬ。死ぬに決まっている。戦いにすらなるわけがない。なす術もなく、一方的に、一瞬にして殺されるに決まっている。
もしかしてコイツ、召喚に失敗したからって体よく効率よく手っ取り早く僕のことを始末するつもりなのではなかろうか。
「そう邪険にしないで欲しい。私にも考えがある」
言って、フェルトは目の前に手をかざす。
音もなく、脈絡もなければ現実味すらなく、その光景は僕の目の前に飛び込んできた。
フェルトのかざした手の先、その空間が歪み、そこから一振りの剣が姿を現した。
白い剣。驚くほどに真っ白。傷どころか汚れ一つ付いていない見事なもの。柄だけでなく鞘までその全てを白く拵えたその一振り、刀身まで白いに決まっている。容易に想像できる。
空間の歪みより出でた剣を手に取り、僕に差し出すフェルト。
「これは……?」
「この剣は特別性でね。君に戦い方を教えてくれる」
これで戦えと、要はそういう事らしい。
怪訝ながら剣を受け取り、細身ながらもズッシリとした重量感に少しだけ驚く。
鞘を持ち上げ刀身を覗かせる。予想通り、例に漏れず刀身も純白のそれに染まっていた。
「痛っ」
グリップを握った手が何かに刺されたような錯覚を覚える。驚いて手のひらを覗くが、特に傷などは見当たらない。気のせいだろうか。
「それで、この剣がなんだって言うんだよ」
「その剣は剣を握ったことすらない初心者でも練達に扱うことが出来る」
いや、全く要領を得ないんだけど。
「じゃあこの剣でお前が戦えばいいじゃん」
「この剣は人間にしか扱えない。そういう意味でも特別性でね、人間以外には鞘を抜くことが出来ないんだ。強化魔法も同様でね、聖霊であるこの身は魔法効果の全てを無効化してしまう」
なるほどいくら便利な剣であっても、聖霊である自分には扱えないと。あっちが立てばこっちが立たず……本当に、ああ言えばこう言うというか何というか。
「まあ剣はどうでもいいとして、さっきの見てなかったの? あんなに素早い魔獣とどうやって戦えってんだよ」
敵は魔獣。その攻撃手段とは、健脚を以ってして素早く相手の死角に潜り込み、鋭い一撃で獲物を仕留めるというもの。
先程の攻防は、離れた場所からの観測だった。だからこそ魔獣の素早い動き、その全てを視界に収めることが可能だった。
だがしかしそれが目の前で、至近距離で行われたとあればどうだろう。魔獣の動きを視界で捉える事はできるだろうか。目で追う事は出来るだろうか。否、無理だ。不可能だろう。あんな素早い動きに付いて行けるはずがない。
それにあの男たちが二人掛かりでなんとか戦えていた相手だ、それを僕が一人でどうにか出来るはずもない。
「あんなの、剣を渡されたからってどうにか出来る相手じゃない。僕には無理だ」
「それについても問題ない」
フェルトはそう言って、僕の肩に手を置き瞼を閉じる。
次第にフェルトの身体が光を帯びる。それらはやがて肩に置いた手へと収束し、僕の身体へと侵食した。
奇妙な感覚だった。なんだかむず痒く、それでいて心地よい。温もりにも似た感覚のそれはやけに身体を高揚させ、不思議と何でも出来てしまいそうな全能感を与えてくれた。
「……なんなんだ、これ?」
「強化魔法さ。今君の身体能力や動体視力は、格段に強化された状態となっている。今の君なら、あの魔獣を五体同時に相手取ってもお釣りが来るだろう」
なるほど。この溢れ出る高揚感や自信は、アドレナリンやエンドルフィンでも分泌されているのだろうか。この状態なら本当に、あの魔獣とも戦えるのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「──わかった、やろう」
武器は得た。それに戦うための自信も得た。
今この場において、あの魔獣と戦える人間は僕しか居ないのだから、あの魔獣は僕が倒すしかない。
鞘を抜き、純白の刀身のその全てを露わにする。腰を落とし、剣を構え、眼前の獣に狙いを澄ませる。
それを察知したのか、ひたすら死肉を貪っていた獣達の注意がこちらへと向く。威嚇するように喉を鳴らし、殺意を込めた視線で牽制を掛ける。そしてこちらもそれに応えるが如く、剣を突き出し交戦の意思を伝える。
僕は剣道や剣術を習っていたわけではない。剣の構え方など習った覚えもない。にも拘らず、この姿勢はとても自然に思えた。この構えで間違いないのだと、根拠はないのにそれが正しいものだと断言できた。理屈じゃない、身体がそれを理解していた。
これは記憶だ。剣の記憶なのだ。剣が僕に、その扱い方を教えてくれているのだ。どう扱い、どう戦うのか、その全てをこいつは僕に教えてくれている。
最初に動いたのは獣の方だった。
土を蹴り、一直線に飛び込んでくる黒い影。禍々しい二つの口を大きく開き、こちらを噛み殺さんと迫り来る。この魔獣特有の習性だろうか、コイツはやたらと人間の首を狙う傾向にある。今回もその例に漏れず首を目掛け飛び込んで来たため、動きの予測は容易であった。
身体を捻り、上半身を後ろに大きく反らす。丁度、イナバウアーのような状態、反らした身体のすぐ上を魔獣が飛び越える形となった。次いで、捻った身体の反動を用い、魔獣の下腹を勢いのまま剣で斬り払った。
グシャリ、という鈍い感覚が剣を伝う。
肋骨から少し下を起点に、上下に両断される魔獣の身体。血と臓物を噴き出しながら、反らした身体の上を飛び越えて力なく地面へと落ちた。
真っ二つ。両断した獣の生命活動の停止を確認した後、背後から襲いくるもう一匹の獣へと注意を向ける。
振り返ったすぐ先。距離にして一メートルよりも未満の至近距離にまで、獣は迫っていた。
振り翳す鋭い爪を剣で防ぐ。勢いのままそれを弾き返し、獣は大きく後方へと吹き飛んだ。背中から乱暴に着地した獣は大きく怯み、その隙を突くように一気に距離を詰める。
土を蹴り、前傾姿勢のまま、今度はこちらから獣へと飛び込んだ。体勢を立て直そうとする四足を横薙ぎに斬り払い、勢いのまま獣の背中を叩き斬った。
「キャイン……ッ!」
か細い悲鳴を上げた後、獣は静かに地面へと倒れ伏した。ピクピクと痙攣するように震える脚が、次第に二度と動くことなく静止する。
「お見事」
一言、称賛の意を述べるフェルト。達成感もあり、その言葉は素直に嬉しいものだった。だが正直、見事なのはフェルトの魔法の方だと思った。
魔獣を二匹、討伐したのだ。先の男たち二人掛かりで一体を相手取るのがやっとだった強力な魔獣を、非力で無力だったこの僕が、同時に二体も倒すことが出来たのだ。それはつまり、フェルトのサポートが優秀だったためだろう。僕一人では何も出来ずに殺されていたに違いない。役立たずだと心の中で罵っていたが、その見方を改めようとそう誓った。
「ありがとうフェルト。お前のサポートのおかげでなんとか──」
謝意を述べようと、フェルトの方へと身体を振り返らせたその直後──
「いけないリョウ! まだ後ろに──」
そんなフェルトの忠告も虚しく、背中に激痛が走る。
背後、建物の上より飛来した三体目の魔獣の爪により、首から背中にかけて大きく切り裂かれてしまう。
すかさず回復魔法を掛けようと手をかざすフェルト。それよりも早く、獣は僕の首筋へと噛み付き。
「やめ────」
グシャリと、その喉元を容易に噛み砕くのだった。
粉砕する脊椎。破断する頚動脈。自らの首元から噴き出す鮮血に血の気が引く。
──ああ、死ぬのか、こんなわけもわからない、今日来たばかり異世界で。
薄れゆく意識に、もう永くはないことを悟る。最後まで気を緩めなければ良かったとか、そういった自責の念にかられながら、ゆっくりと眼を瞑る。
死ぬ前に、隼人に会いたかった──────。
こうして宮井リョウの肉体は、完全に死亡した。
◆◇◆◇◆
システム認証、クリア。
プロトコル⬜︎⬜︎検知、──承認。
検証、開始────成功。
TYPE:A01 確認しました。
これより、肉体を再構築します──────。
名前:双頭狼
概要:二つの頭を持ち三つの尾を生やした中型魔獣。
鋭い爪や牙を持つ強力な魔獣であり、群れを形成して行動し人々を襲う。
生物学分類:動物界 脊椎動物門 哺乳綱 食肉目 魔獣食肉亜目 オオイヌ科 オオイヌ属
等級:1級(単体:2〜3級)
全長:1.5~2.5m(個体差あり)
全高:1.0~1.3m(個体差あり)
体重:150~200kg(個体差あり)
分布:マンモン大陸南部、ルキーフェロ大陸北東部、リヴヤタン大陸全域等




