002 はじめてのイセカイ
「改めて名乗らせて貰おうか。私の名前はフェルト、聖霊にして魔法使い。長い付き合いとなるだろうから、どうかよろしく頼むよ」
「僕はリョウ。そうだね、短い付き合いになるといいね」
わざとらしく素気ない態度を取ると、フェルトは「つれないな」と肩を竦めた。
僕としては正直、こんなわけのわからない展開、終わるものなら一刻も早く終わらせてしまいたいところなのだ。付き合いが短いに越したことはない。
「それで、元の世界に戻る方法だけど。さっき言ってた、『必要な条件下』と『適切な場所』ってのを具体的に教えてくれない?」
契約は無事結び終えたのだ。先程の話ではあえて伏せていたであろう詳細な条件も、今なら問題なく聞き出せるだろう。
「承知した。まず『必要な条件下』というのは、月の満ち欠けに起因する」
「それって、新月や満月とかそういう話?」
そう、と首肯し続けるように口を開く。
「今日は丁度満月。これはこちらの世界へ呼び寄せる《召喚》に適した条件なのだが逆の場合、つまりこちらから別の世界へ送りつける《返還》については、新月の日に儀式を行わなければならない」
なるほど。月の満ち欠け、その周期って確か30日くらいだっけか。
「つまり、あと半月待てと?」
「いいや、違う。そう簡単な話でもないのさ。……次に問題になるのが『適切な場所』という項目なんだが──話すと長くなるけど良いかい?」
いいも何も、自分にとっては死活問題なわけだし、聞いているのはこちら側なのだから文句は言えまい。頷いて、続きを話すよう促す。
「この世界には《竜泉》と呼ばれる力の源泉がある。大地より膨大な量の魔力を放出しており、空間が霊力的に不安定な場所でね。君たちの世界で言うところの霊脈やレイラインと呼ばれるものとほとんど同一のものだね」
レイライン。オカルト系雑誌かなんかで見た覚えがある。たしか、寺社仏閣やパワースポット等同士を直線で結んだ力の流れのようなものだったか。
「竜泉のその不安定さを利用して世界に孔を穿ち異なる世界に干渉するのだが、これには召喚と返還によって、それぞれに相応する場所というものがあるのさ。当然、先程召喚を行ったこの場所もまた竜泉に該当するわけだが、ここは召喚用の孔であって返還をすることはできないんだ」
「……つまり、返還に適した竜泉まで移動しないといけないって、わけね」
「その通り。そして返還用の竜泉はこの大陸にはない」
この大陸にはない、ということは少なくとも海を渡る必要があるわけか。なんだかとても半月では済まなそうな気しかしないな。
というか今更だけど、僕たちは今どこのどの辺に居るだろうか。
当然と言えば当然だ。この世界に召喚されてこっち、この世界の情報はおろか地図すら見たことがないのだ。大陸だのなんだの言われても地理感覚なんて全くないわけで、移動にどれだけ時間がかかるかとか、距離感なんてのは以ての外だった。
そんな様子を察してか、フェルトが古びた木棚を物色し始める。しばらく待っていると、これまた古びた絵巻を持ち出し、広げて見せた。
そこにはメルカトル似の図法で描かれた大陸図が記されてあり、その一部を指差して説明を続ける。
「これが我々が今いる大陸マンモン。そしてこっちがここより最短距離に位置する竜泉のある大陸アエーシュマだ」
「なるほど。地理感は掴めたけど、この地図からじゃ距離感はまったく想像できないね」
「ふむ。ここから最寄りの港町クロムナから竜泉最寄りの港町コウポホルンまで、直線距離にして大体6500kmと言ったところかな」
日本の総延長のおよそ2倍ってところか……いや遠いな!
これ移動するのにどれだけかかるんだ? そもそも海を渡ると言っていたけど、この世界の航海技術はどの程度のものなのか。まさか帆船じゃないよな? もしそうだとしたら目も当てられない。
「なるほどこれはたしかに長い付き合いになりそうだ。不本意ながら」
「まあそう言わないで欲しい。これでも私はかなり役に立つからね。不自由な思いはさせないと約束するよ」
どうだか。こうも自信満々に言われると、逆に疑わしく思えてしまう。
「まあ、そうと決まれば早速港町を目指そう」
「え?」
などと、気の抜けた返答をするフェルト。鳩が豆鉄砲でも食ったようなそのバカ丸出しの面持ちを睨みつけるように、先程の話を蒸し返す。
「え? じゃなくて、大陸が違うんだから海を渡る必要があって、そのためにも港町に行かなきゃならないんでしょ? 善は急げ、今から向かおう」
「まさか歩いて行くつもりかい?」
「…………」
別に歩いて向かおう、などとは微塵も思っていなかったわけだが。なるほどたしかに、そもそも僕はここから港町までの距離すら知らなければこの世界の陸路の移動手段すら把握していなかった。
「他にどんな移動手段があるのさ」
「距離にもよるが、主流となるのは馬車だろうね」
馬車、か。流石に自動車といった便利な移動手段はないわけだ。なるほど、オーソドックスな異世界転生ものにありがちな、中世ヨーロッパ風世界観と見た。
「なるほど、じゃあ馬車を手配して早速向かおう」
「え?」
これまたフェルトの間抜けな返答。これまた鳩に豆鉄砲、ぽかーんと口を開きまるで不思議なものでも見るが如き表情。なかなかどうしてイラつかせる。
「だから善は急げ、今から港町に向かうって言ってるじゃん」
「先立つものもないのに馬車なんて乗れるわけないだろう」
「…………」
その通りだ。至極真っ当だった。
先程この世界に召喚されたばかりの僕に、先立つものなど一銭たりともありはしない。これは当然だ。
しかし、恐らくというか多分というか九分九厘絶対に、フェルトはこの世界の住人で間違いないだろう。であるなら僕とは違って多少の金銭を持ち合わせているはずだ。そうでなければおかしい。
「まさかとは思うけどお前……」
「ああ。私に金銭の類は必要ないからね」
「…………」
聖霊にお金は必要ありません、とでも言いたげだな。
そのスカした面に一発お見舞いしてやりたかったが、意気消沈からかそんな気も消え失せた。
まずい、本格的にどうしよう。
常識的に考えて、一文なしで大陸を渡れるはずがない。それどころか今日明日を生き抜くことすらままならないだろう。異世界とは言え、お金の大切さというのはどの世界も共通で変わりはないはず。金銭、通貨、貨幣という概念が存在する以上、世を廻しているのはそれに他ならないのだから。
「どうにかしてお金を手に入れないと……」
「そうだね。私も役立つと公約した以上、良い案を提示するとしよう」
◆◇◆
「まずは外に出よう」というフェルトの提案で、この薄気味悪い空間から脱出することと相成った。この部屋唯一の扉を開くと、上へと伸びる階段が姿を表す。どうやらここは地下だったようで、薄暗さや湿気はそのためだったかと納得した。
部屋の内観からも見て取れたが、この建物はかなりの年代物らしい。所々にひび割れを生じており、滴る水滴は雨漏りだろうか。まったく、手入れが行き届いていないにも程がある。
張り詰められた蜘蛛の巣を払い除けつつ、階段を登る。地上から漏れ入る光を目指して、ゆっくりと脚を進める。次第に最上段へと辿り着き、外へと続くであろうドアの腐食したノブを握り、扉を開く。
瞬間、目の前が真っ白になり、咄嗟に手をかざし視界を覆う。眩しさは次第に薄れ明順応し、ゆっくりと瞼を開く。
「おおお……」
物珍しい光景に思わず声を漏らす。
視界に広がるのは町の大通りであった。建物は現代のそれとは全く異なる様式で、レンガや石造りや木造の建築物が立ち並ぶ。鉄筋やコンクリなど見る影もない。まさに予想通り、中世ヨーロッパを想起させる風貌。現代の日本じゃ絶対にお目にかかれないだろう異文化の結晶であった。いやハウス○ンボス辺りならこういう街並みも見れるかもしれないが、如何せん僕は行ったことが無いため詳しくは知らん。
「結構大きな町だなあ」
「ああ。この町はヴァレンダント市と言って、旧ミシア共和国の首都だった場所だからね。それなりに栄えてはいる」
フェルトの言う旧ミシアなんたらと言うのはよく分からないが、でも確かにこの町の規模はかなりのものだ。
この大通りだけ見てもかなりの長さがあり、周囲も見渡す限りに建物が乱立している。少し遠くを見れば城壁だろうか巨大な壁が町を囲っているが、あの辺りまでこの調子に建物が並んでいるのだとしたらかなりのものだろう。この世界の常識はわからないが、僕からしたら都会と言っても差し支えないのではなかろうか。
ひとつだけ気になる点があるとしたら、
「──ただ、あんまり活気はないな」
町の規模に比べ、人々の往来が少なすぎるように感じる。まるで、昔は賑わっていたが廃れたが今は廃れたアーケード街のよう。それに皆何故かしら疲れたような面持ちで、その顔には覇気というか生気というか、端的に言えば元気がまるでなかった。それによく見たら建物にも所々に裂傷や傷跡を残しており、人々同様、澱んだ雰囲気が町全体を覆っていた。
「どうなってるんだこれ。スラム街か何かなのかここは?」
「君もなかなかに失礼なヤツだな。まあ、そう感じても仕方ないとは思うが」
確かにスラム街は言い過ぎたかもしれない。だがしかし、これはお世辞にも治安が良いと言えるような景色ではない。
「この町は圏外区だからね、治安が悪いのは仕方がない」
「圏外区……?」
「そう。ただ、ここまで荒廃している本質的な原因は、また別にある。それは──」
フェルトが町の現状を説明しようと語る中、それを遮るように甲高い機械音が耳を劈く。
『ウゥーーウゥゥゥゥ……ウゥーーウゥゥゥゥ……!』
町のあちこちに設置されたスピーカーから鳴り響くサイレン。町中に響き渡る轟音は、否応なしに異常事態である旨を告げる。
「きゃああああああっ」
「うわぁあああああ来たあああ!」
「逃げろおおおお!建物内へ隠れるんだああ!!」
絶え間なく聞こえる悲鳴。恐怖は伝染し、瞬く間に集団ヒステリーを形成する。サイレンは間違いなく警報音、つまりなんらかの脅威を告示しているのだ。
「これ、なにが起こってるんだ……!?」
状況が理解できず、フェルトへ説明を求める。
周囲を俯瞰し「ふむ」と一言溢した後。
「恐らくだが、魔物の襲来だろう」
至極平然とした表情で、そんなことを述べるのだった。
名前:フェルト
概要:リョウを異世界召喚した聖霊を自称する男。
怪しい雰囲気を纏っており、とにかく胡散臭い。
所属:なし
身分:《聖霊?》
出身:???
性別:多分男
年齢:???
誕生日:???
血液型:???
身長:181cm
体重:69kg
使力:???




