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RAW ~召喚された異世界で不死身の身体に~  作者: 佐々木
第一章 白い暗殺者篇
10/13

010 護衛の仕事



 午後の予定。護衛の仕事のため、今日はベトラクト氏の外出に同行することとなっている。

 どうやら市議会の集まりがあるとかないとかで、議事堂と呼ばれる場所へと向かうとのこと。


 市議会の集まり──要するにヴァレンダント市のお偉方が一堂に会して、今後の方針や議題を話し合う重要な場なのだとか。

 彼は市長なのでその中心人物の一人、当然である。むしろ彼抜きでは話が進まないとすら言えるだろう。

 故に彼が出席するのは至極当然であり、護衛たる僕がそれに同行するのは必然でもあった。


 それはそうと、僕はここに来てまだ日が浅いため、その議事堂とやらへ行ったこともなければ見たことすらない。それどころか、何処にあるのかすらまるでわからない。

 一体どんな場所なのだろう、今更ながら少しだけ不安になってきた。


「議事堂って遠いんですか?」


「それほど距離は離れておりませんな。ですが歩くとなるとそれなりに時間が掛かりますので、移動には馬車を手配しておりますぞ」


 馬車か。……そう言えば、フェルトと出会った当初にその話をしたな。

 僕が元の世界へと戻るべく、返還用の竜泉(アストラルスポット)へ向かうため馬車を使って移動しようと提案した際、先立つものもないのに一体どうしたものか──というフェルトとの会話だ。


 当然と言えば当然だが、思えば僕にはこの世界で主流となる移動手段、馬車の運賃に関しての知識がまるでない。なので、これはまたとない良い機会でもある。この機会を利用して、料金の相場等を把握することとしよう。


 そうこうしている内に、御目当ての馬車が屋敷の前へと到着した────のだが、その見た目は僕の想像を遥かに上回る、なんとも奇天烈な風態を成していた。


 馬車、というにはあまりにもメカメカしい車体。いやさ確かに荷車を馬で引いているため、それが馬車であることは疑いようもないのだが、それにしても妙に機械的だ。

 馬の首から下、全身を覆うようにごっそりと、まるで鎧を彷彿とさせるそれ。そしてそれらの各所から伸びる管のようなものと、その先に繋がる機械的な車体。

 それらは僕の知る馬車のそれとはまるで、全くと言っていいほど異なっていた。異なり過ぎていた。

 また御者席の傍らには、まるで自動車のシフトレバーに似た何かが備え付けられており、まさに意味不明であった。さて、どこから突っ込むべきか。


「おい、フェルト。一体これは何なんだ」


 乗車に関する諸々の手続きだろうか、ベトラクト氏が御者のおっさんと話をしている隙を窺って、フェルトにこの意味不明な馬車擬きについて問いかける。


「何って、馬車だよ。先程彼もそう言っていただろう」


「見りゃわかるわ。明らかに馬車じゃねえだろ、これは」


 僕の知っている馬車は、決してこんなではない。こんな機械機械した乗り物ではなかった筈だ。……ていうかここ、中世ヨーロッパ風ファンタジー系異世界ではなかったか? 大丈夫、世界観間違ってない? スチームパンクに片足突っ込んでんだろこの馬車擬き。

 こんな機械らしい機械が許されるなら自動車とかあっても不思議じゃない、というより無いと不思議なくらいだろう。


「あのさ、馬車ってのはなんて言うかもっとこう、荷車を馬が牽引するだけの、もっと原始的な乗り物じゃなかったっけか? こんな風に機械機械した乗り物じゃなかった気がするんだけど」


 気がする、ではない。絶対にそう。


「……ああ、なるほどそういう事か。君は《頽馬車(たいばしゃ)》を見るのは初めてだったね」


「頽馬車……?」


 相変わらずの聞き慣れない単語。やはりコイツは僕の知ってる普通の馬車では無かったようだ。知っててたまるか。

 やはりと言うかなんと言うか、どうやらコイツは、この世界特有の乗り物らしい。


「頽馬車は輓馬に、人工的且つ疑似的な強化魔法を施すことが出来る馬車でね。これは輓馬の肉体性能を飛躍的に上昇させることが可能なのさ」


「……つまり、普通に荷を引かせるより、より早い速度が出せるってことか?」


「その通り」と首肯するフェルト。次いで、頽馬車なるそれを指差して説明を続ける。


「あれを見たまえ。あれは《魔器(まき)》と言って、魔力を蓄積及び出力するための装置さ」


 フェルトが言う魔器(そいつ)は御者席の上部、天幕より吊るされた物体。それはランタンのような形状をしており、それでいてほんのり赤く光ってもいた。


「君が違和感を覚えているこれら機械は、人工的な身体強化魔法装置でね。魔器より供給される魔力を源に輓馬を強化させ、快速性を向上させているのさ」


「……なるほど。魔力を蓄積して、蓄積した魔力を随時出力する装置ね。バッテリーとか電池みたいなもんか」


「? バッテリーとか電池みたいなもん、と言うのはよくわからないが、理解してもらえたようで何よりだ」


 それにしてもこの世界、どうやら想像以上に科学技術が発達しているらしい。

 頽馬車。よく知らないけど、コイツは魔力を動力源に馬力を底上げする機械装置を搭載した、特殊な馬車とのことらしい。魔力云々はともかくとして、問題はこの機械装置の方だ。

 少々無骨感は否めないが、元の世界にあってもなんら不自然ではないほど近代的な代物。

 どうにもコイツが、中世的な町のデザインと比較して不釣り合いで仕方がない。


「しかしまあ、馬体にも少なからずの影響を与えることになってしまうから、あまり多用はしないがね。ただ移動するだけなら、普通に荷を引かせるだけに留めるはずだよ」


「影響……?」


 フェルトのその言い方に、少し引っ掛かりを覚えた。


「ああ、それは──」


「いやはやどうも、お待たせしました旦那方」


 説明の途中、それを遮るように意識の外から声が掛かる。

 声の主はベトラクト氏だったようで、どうやら馬車の手続きが終了したらしい。



   ◆◇◆



 通常通りの速度(、、、、、、、)で馬車に揺られることものの数十分、目的地たる議事堂へと無事到着した。


「おおー、ここが議事堂か」


「はい。ここがヴァレンダント市議会議事堂です旦那」


 一見して然程洗練さを感じないモダンなデザインの建物。しかし横に広い造りのためか存在感が強く、実寸よりやや巨大に見える。

 随所に見られる石造りは歴史を感じさせると同時に、それでいて荘厳な雰囲気を醸し出す。屋根はその一部がドーム型となっており、この世界の建築技術の高さを窺い知れた。


「ささ、どうぞ中へ」


 段差の高い石造りの階段を少し登った先、議事堂の入り口であろう大きな扉が姿を表す。扉は既に全開まで開かれており、その傍らに、黒スーツ姿の男が二名佇んでいた。

 片方は眼鏡を付けており、もう片方は背が低くやや太り気味といった特徴の二人組。


「お久しぶりです、ベトラクト市長」


「市長、急遽お耳に入れたいお話が……」


 男ニ人はベトラクト氏の顔を見るなり、我先にと彼の元へと駆け寄った。よっぽど急ぎの用事なのか、少々慌ただしさが顔に出過ぎている気がした。

 そしてベトラクト氏もまた急いでいるのか、少し忙しない様子で歩きながら二人の話を聞いていた。


「高魔症の件なのですが──」


「その案件はまた会議の場で聞こう。それよりもお前、採掘場の調子はどうだ?」


 男の片方を睨み付けるベトラクト氏。その足取りはどうにも早く、とりあえずだがそれに着いていく事とした。というよりそれが今日の僕の仕事だ。

 しかし、なにやら採掘場がどうとか聞こえたが、この町に炭鉱や鉱山みたいなものなんて、果たしてあっただろうか?


「は、はい……最深部での採掘は上々です。質も比較的良好で、従来の7〜10倍程度の利益が見込めます」


 少し狼狽ながら、額の汗をハンカチで拭いつつ、眼鏡の男が質問に答えた。

 その回答が意にそぐわなかったのか、ベトラクト氏は更に眉間に皺を寄せ、不服そうな面持ちで口を開いた。


現時点での(、、、、、)最深部ならその程度が限界だろうな。更に、更なる深部まで掘削しろ」


「しかし市長、現在使用しているボーリングマシンの強度ではこれ以上は……」


「バカが、ではより質の良いマシンを調達しろ! いいか、真の最深部まで掘り進めれば、利益は当初の500倍は堅いはずなのだ。四の五の言わず言う通りにやれ!」


「ですがこれ以上は……既に貧民街の方では」


「──ああ、もうよい! これ以上は会議の場で聞く」


 そうして半ば一方的に会話を打ち切り、更に早足を強めたベトラクト氏。

 ズンズンと音を鳴らし、強い足踏みで歩を進める。それに置いて行かれぬよう、スーツの男二人もまたその後を追う。僕はその最後方、彼らの会話がぎりぎり聞こえる程度の距離感で後ろを歩いていた。


 次第に、先頭を進むベトラクト氏の足が止まった。

 廊下の突き当たり、両開きの扉の前で彼は立ち止まる。スーツの男2人に入室するよう促して、彼は一人こちらへと歩み寄った。


「申し訳ありません御二方。これから行われる会議には機密事項も多く含まれるため、御二方にはこのドアの前で待機していただく事となります」


 そう言って、僕とフェルトに頭を下げるベトラクト氏。毎回思ってる事だけどこの人、僕達の雇い主なのにやけに謙った対応するよな。


「別に構いませんよ」


 首を横に降り、問題ない旨を彼に伝える。

 そりゃそうだ。いくら市長本人に護衛として雇われているとは言え、この町からしたら僕達は部外者も同然だ。

 これからの町の方針や政策を考えるような重要な場に、本来居合わせて良い人間じゃないのだから、ハブられて当然だろう。


「前もってお詫びしますが、おそらく会議は長時間に渡るかと思います。……申し訳ないですが、御二方にはこの扉の前から片時も離れることのないようお願い申し上げます」


 そんな具合に、淡々と飄々と、さも当然のようにとんでもない事を、ベトラクト氏は僕達に告げる。


「え、片時も……? それって、トイレに行くのもダメってことですか?」


 まあ、護衛のお仕事なのだから護衛対象とは極力離れない方がいいのは当然だろう。だってそれがお仕事なのだから、文句など言えようはずもあるまい。

 しかし、排泄に関しては話が別だろう。

 排泄とは生理現象であり、こればかりは仕事云々の問題ではない。出るものは、どうしても出てしまうのだから、適切なタイミングで適切な場所に出さなければならない。

 故に、トイレすら例外ではない。ここから1mmも動くな──というオーダーは、流石に承服しかねる。

 排尿の我慢は膀胱炎のリスクを高めることになるんだから!


「その場合などは御二方のどちらかが残っていただければ問題ありません。……ですが極力、二人揃ってこちらで待機していただくようお願いします」


 よかった。とりあえず、膀胱の危機は回避出来たようだ。

 しかし謎だ。自宅では敷地から出なければ何をしてても良い──と割とルーズな条件だったはずなのに、外出してみれば一転、かなりガッチリと護衛という仕事内容を意識させられる厳格さ。

 一体何が違うのか、少し不思議ではある。


「はあ……わかりました。極力そうします」


「よろしくお願いします」


 そう言って一礼した後、ベトラクト氏は扉の奥へと消えていった。

 疑問は残るが、しかしこれはお仕事。雇用主がそう要求する以上、被雇用者はそれに答えるのみだ。


 だがしかし、片時もこの場所から離れるな──か。トイレによる離席が許されたのは正直ありがたいが、それでもぶっちゃけ、この依頼はかなりキツい。

 いや、この程度の業務内容で月収50万は正直給料泥棒と呼ばれてもおかしくないくらい、本来ならチョロい仕事内容なのだろう。

 だがしかし、如何せんここには何もない。あるのはこの廊下と、窓の外から見えるつまらない景色のみ。ここには暇を潰せるものが何一つない。

 こんなことなら大書庫から何かしら本でも借りて来れば良かったと心底後悔している。


「はあ」と盛大にため息をつき、そのついでにフェルトの顔を覗き込む。どうせコイツも暇してるのだろうと予想していたのだが、その表情は思いの外真剣で、下を向き何かを思案するように表情を難しくしていた。


「なに、どうかした?」


 そう尋ねると一瞬、ハッとしたように視線を上げた後、どこか覚束無い面持ちを浮かべ口を開いた。


「ああ、いや…………少し気になる事があってね」


「気になる事?」


「ああ……」と頷いて、またしばらく沈黙するフェルト。「いや、やはりこれはあくまで私の憶測に過ぎない。事実が判明したら、その時は話をするよ」


「……? よくわからないけど、とりあえずわかった」


 ひとまず、フェルトの疑念は晴れたようだった。

 いや、晴れたというよりは、どちらかと言うと無理矢理晴らしたと言った方が適切かもしれない。

 そもそも晴れてすらいない。今は考えるべきではない、そう割り切ったに過ぎないのだろう、この方がより適切か。


 それにしても、気になる事──か。

 たしかに、よくよく考えてみれば、この状況はなかなかどうして不自然ではある。不可解と言ってもいいだろう。


 僕はベトラクト氏に雇われた護衛だ。故に彼を護る為、今ここでこうしている。

 この状況自体は別に問題ではない。不可解なのは、一体何を警戒しての護衛(、、、、、、、、、)なのか──ということにある。


 魔獣。双頭狼と呼ばれる危険な魔獣が、この町の近辺に住み着いており、定期的にやつらが町を襲撃する為、僕は彼の身を護るべく護衛をしている筈だ。……少なくとも、僕達の認識ではそうなっている。


 ただ、魔獣を警戒しての護衛なら、ここまで徹底した警護は必要とはならないはずだ。


 魔獣の襲来は警報音を町中で鳴らし、警鐘という形で公示することで、市民にそれを周知させる運びとなっている。

 仮に魔獣襲来の警報が報らされた瞬間、午前中の屋敷同様、僕達がこの建物の敷地ギリギリの位置に居たとして、魔獣より早くベトラクト氏の元に辿り着くのは極めて容易だろう。

 走ればものの数十秒の距離。いくら脚の速いヤツらとて、それより早くここまで辿り着くとは、とてもじゃないが考え難い。


 であれば、ここまで徹底した警戒ぶりは、魔獣の襲来を想定してのものではないという事だ。

 では一体何を警戒しているというのだ。魔獣以外に、彼の命を脅かす存在が、この町に在るということか。


「……」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む。

 あくまで僕の想像にすぎないが、魔獣以外にも僕達の敵は存在するのかもしれない──そう思うと、急に緊張感が増したように感じた。

 

「悪い予想が当たらなければいいのだが……」


 フェルトのその言葉に、僕は全力で同意した。


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