最終章「SAGASAGA」4節:リソースの壁と再訪の記憶
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……これ以上の演算リソースの確保は、現行のグリッドコンピューティングでは不可能か」
Sカンパニーの戦略ルーム。哲人は、ホログラムに投影された膨大なエネルギー需要予測図を前に、深く溜息をついた。
SAGASAGAが描き出そうとしているのは、単なる視覚情報ではない。数億人の感情、記憶、そして「現実感」を担保するためのリアルタイム演算だ。その計算量は、地球上の既存のサーバー群をすべて繋いでも、なお足りないという驚愕の数値を示していた。
「教授、これでは世界が起動した瞬間にシステムがオーバーフローします。経済モデルで言うところの『需要過多による供給崩壊』です」
若き教え子たちの声に焦りが混じる。40歳の哲人は、静かに眼鏡を外し、自身の眉間を揉んだ。
「経済学において、資源が有限であることは前提だ。だが、工学において、資源とは『発見』されるのを待っているエネルギーの形態に過ぎない」
哲人は、地図上の一点を指し示した。そこは、かつてナイとの最終決戦の舞台となり、今は封鎖されている「触手の尖塔」の跡地だった。
「哲人さん、あそこに行くつもり?」
憂が案じるように問いかける。彼女は、あの地がどれほど凄惨な記憶に満ちているかを知っていた。
「ああ。あの尖塔は現実を吸収し、神話層のエネルギーを物理次元に固定するための巨大なアンテナだった。ナイは去ったが、その『基盤』には、莫大な残存エネルギーが眠っているはずだ。……それを、SAGASAGAを回すためのクリーンな電力へと転換する」
哲人は25歳で結婚し、27歳で初めての子を授かった時、自邸のセキュリティを自らの手で構築した。愛する家族を守るためなら、彼はどんな高度な技術も、どんな危険な場所も厭わなかった。40歳になった今、その対象が世界へと広がったに過ぎない。
翌日、哲人は数名の精鋭を連れ、かつての決戦の地へと足を踏み入れた。
崩壊したアスファルト、肉塊の名残が化石のようにこびり付いた鉄塔。そこは、かつての絶望が凍りついたかのような場所だった。
「……ひどいものですね、教授」
同行した教え子が絶句する。しかし、哲人の瞳に映っていたのは、悲劇ではなく「可能性」だった。
「過去をただの悲劇として放置すれば、それは未来を蝕む毒になる。だが、それを資源として再定義すれば、未来を照らす光になるんだ」
哲人は持参した特殊な変換デバイスを、尖塔の基部にある制御パネルへと接続した。
かつては「現実を破壊するため」に使われた装置。そこに、哲人は「現実を創造するため」の新たなアルゴリズムを流し込む。
「……接続完了。神話エネルギーの脱色、および電気エネルギーへの変換シーケンスを開始」
デバイスが青白い光を放ち、不気味に沈黙していた尖塔の残骸が、今度は「生命の拍動」のような柔らかな光を放ち始めた。
それは、地獄を天国へと書き換える、工学博士としての意地だった。
「……見てください! SAGA SAGAのメインクロックが加速しています! リソース不足が解消されていく……!」
通信機から届く歓声を聞きながら、哲人は崩れた壁の隅に、かつて自分が家族を守るために振るった「何か」の痕跡を見つけた。
40年間の人生で、彼は多くのものを失い、そして守ってきた。
「憂さん。聞こえるかい」
彼は胸元のマイクに語りかけた。
「ええ、聞こえるわ。すごいわね、哲人さん。空気が……あの場所の空気が、優しく変わっていくのがここからもわかる」
「……思い出は、捨て去るものではない。こうして、新しい世界の礎にするものだ」
哲人教授は、最大の「壁」であった資源問題を、自らの「過去」を克服することで突破した。
かつての絶望の象徴は、いまや新世界SAGA SAGAを永続させるための、巨大な「心臓」へと生まれ変わった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




