第9章 「神々の黄昏」9節:黄昏の終焉
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……これで、終わりよ」
明来の指が、虚空に浮かぶ「最後の鍵」を押し下げた。
その瞬間、尖塔の最上階を埋め尽くしていた粘液が、内側から溢れ出す純白の光によって蒸発していく。
『ギ、ギギ……馬鹿ナ……。私ハ「無」ダ。存在セヌモノガ、ナゼ消滅スル……!?』
ナイの本体が、多重音声の悲鳴を上げながら、無数の「節足」をバラバラに散らしていく。かつて宇宙の深淵にいた「それ」は、三人の少女が紡いだ「日常への執着」という重力に耐えきれず、その輪郭を失っていく。
珠花が、嵐のような神風を纏い、ナイの核へと肉薄する。
「ウェーイク・ゴッデース!我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
「我は創造者! 我は全てを忘却する純白の神風! シュカ!」
その風がナイの「虚無」を、ただの「無害な忘却」へと変換していく。
重なり合うように、叶恵の雷鳴が虚空を断ち割った。
「ウェーイク・ゴッデース!我、過去から続く宿命をほどくもの!」
「我は破壊者! 我は全てを滅却する漆黒の神雷! 我が名はネガイ!!」
黒と白の閃光が交差した中心で、ナイの存在定義が完全に抹消された。
「みんな…見て。私たちの、新しい明日を!」
明来が叫ぶ。彼女が「観測」した未来のデータが、空を覆っていた神話的な「鱗」を、柔らかな夕霜へと変えていく。物理法則が、ゆっくりと、けれど確かな手応えを持って世界に戻り始めた。
「前線カフェ」のカウンター。
憂は、最後の一滴まで紅茶を注ぎきると、ふう、と小さく息を吐いた。
「……お疲れ様。みんな、よく頑張ったわね」
彼女が指先でカップの縁をなぞると、異界化していた鹿島市の街並みから、どす黒い粘液が消え去り、代わりに街灯の明かりが灯り始める。
「大神様。……世界の再構成、完了いたしました。人々は、この『悪夢』をただの奇妙な集団幻覚として記憶するでしょう。……シュカとネガイの戦いを除いて」
バステトが、エプロンの汚れを払いながら恭しく頭を下げる。
「それでいいのよ。明来も哲ちゃんも、今回の一件の記憶は別のカタチに上書きして、緒妻家に空間転移させたわ。哲人さんは…1度例外な事をした過去があるけど…。明来には、まだ、神の力を持つのは早い。我が子達はみんな半神だけど、誰1人として覚醒はしないという私の予測は判断ミスになっちゃった。まあ、あの哲人さんと私の子だから、何が起きるか分からない…そうなるのかもね!」憂は両目の瞼を閉じ、何か考えている様な素振りをした後に再び両目を開いた。
「神様が表に出すぎるのは、あまり粋じゃないもの」
憂は窓の外、夕闇に溶けていく尖塔の残骸を見つめた。そこから、2つの光がこちらへと向かってくるのが見える。
「さあ、バステトちゃん。夕飯の準備をしましょう。今日はあの子たちのリクエストに応えて、特製のオムライスにしましょうか」
「承知いたしました、大神様。…」バステトは憂にそういうと、ずっと、カフェのテーブルの下隅で、プルプルと小刻みに震えて黒いチワワに向かって「駄犬!終わったわよ!いつまで怯えてるの」と激しく怒号をあげた。
「神々の黄昏」は終わりを告げた。
けれど、それは終わりではない。
再構成された世界で、神としての力を持ちながら「人間」として生きる彼女たちの、新しい物語の始まりに過ぎないのだ。
「憂姉さん、お腹すいちゃった!」
扉のベルが、日常の音を奏でて鳴り響いた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




