第9章 「神々の黄昏」7節:虚無の断末魔
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「触手の尖塔」最上階。
そこはもはや佐賀県鹿島市ですらなく、この宇宙が生まれる前の「無」が、現実の残滓を噛み砕きながら渦巻く虚無の特異点だった。
空は「多重音声」の叫びが物理的な「壁」となって三人を押し包み、足元は無数の「節足」が編み上げられた巨大な座を形成している。その中心に、それは鎮座していた。
ナイ。
別称「無貌の神」と言われるが如く、形を持たぬはずの虚無が、あえて神々の嫌悪を煽るように、粘液を滴らせる虹色の「鱗」と、脈動する肉塊の翼を持った異形の姿で具現化している。
『来タカ……オオガミの娘…ソシテ、出来損ナイノ女神タチ…ソシテ…非常ニ…懐カシク、アエズ久シイナ…オトコヨ…』
ナイの言葉は、音ではなく脳髄に直接流し込まれる毒のような響きを持っていた。
「ナイ……! あなたがこの世界を壊させようとしている元凶ね!」
明来は防護衣のバイザー越しに、鋭い視線を向けた。彼女の背後では、シュカ(珠花)とネガイ(叶恵)がそれぞれの神性を極限まで高め、虚無の圧力に対抗している。
「明来ちゃん、下がって。ここからは私たちがやるわ」
「珠花ちゃんと知らないお姉さんは、ここまでどうやって…。2人のその姿は?」
「説明は全てが終わってから…。準備はいい? この『多重音声』のノイズ、全部焼き切ってあげる」
「そ、その声は叶恵姉さん!?でも…違う人…」明来がそこまで言うと、本来のネガイの姿になった叶恵は、シーっと言いながら、防護服姿の明来に人差し指を1本上げて見せた。
そして、シュカとネガイの二人は頷き合い、互いの手を握る。白と黒、相反する神気が交差し、絶望に染まった最上階を浄化の光で照らし出した。
珠花が純白の旋風を巻き起こす。
「ウェーイク・ゴッデース!我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
「我は創造者! 我は全てを忘却する純白の神風! シュカ!」
間髪入れず、叶恵が漆黒の雷鳴を轟かせる。
「ウェーイク・ゴッデース!我、過去から続く宿命をほどくもの!」
「我は破壊者! 我は全てを滅却する漆黒の神雷! 我が名はネガイ!!」
光と闇の合技がナイの肉塊を貫く。しかし、傷口からは「粘液」が溢れ出し、即座に新たな「節足」が再生していく。
『無駄ダ。私ハ……オ前タチガ棄テタ『可能性』ノ残骸。人ガ『日常』ヲ選ンダ瞬間に切り離された、果テ無キ虚無ソノモノナノダカラ』
「人間が……捨てた、残骸……?」
明来の動きが止まる。その心の隙間に、ナイの触手が迫る。
「明来ちゃん、危ない!」
シュカの叫びが響く。だが、その触手が彼女たちに届く直前、霧散し尖塔全体が「温かな静寂」に包まれた。
多重音声のノイズが消え、ただ気配だけが、この死の座に満ちていく。
「……カ、覚醒シタノ…カ…オマエハ…」
ナイは明来を見てボソリと呟いた。
そして、虚空に、殺戮と豊穣の女神バステトの本来の姿のシルエットだけが揺らき映し出された。彼女は直接には戦いには加わらない。ただそこに立ち、「観測」している「大神様」の子供たちを指導し補助し肯定する。
「シュカ、ネガイ。忘れるな!そなたらは何故、今、ここにいる…。『宇宙の真理』は、何も捨ててなんていない。この世界は、あなたたちの未来も宿命も運命も、全部大切に抱きしめている…」
「バ、バステトさん……!」
バステトの励ましの一言が、2人の心に宿った微かな恐怖を霧散させた。
ナイの本体が、初めて明確な「殺意」を持って咆哮する。
『オオガミ……! 貴様ノソノ『日常』ゴッコト共ニ、スベテヲ食ライ尽クシテヤル!』
尖塔の最上階が、ナイの放つ虹色の汚染物質に飲み込まれていく。最終決戦は、もはや物理的な破壊を超え、存在そのものを賭けた概念の衝突へと突入した。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




