第9章 「神々の黄昏」3節:神話の咆哮
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
佐賀県鹿島市の空は、もはや空としての機能を失っていた。
見上げる天球は、巨大な魚の腹のように鈍く光る「鱗」に覆われ、それが剥がれ落ちるたびに、現実の定義が一つずつ消滅していく。剥き出しになった空間の裂け目からは、巨大な鉄の「節足」が幾本も突き出し、意志を持つ機械のようにアスファルトを蹂躙していた。
「……ひどい。街が、溶けてるみたい」
大神珠花は、膝まで届く「粘液」の海をかき分けながら呟いた。壁や地面からは、正体不明の数千人の囁き声――「多重音声」が絶え間なく響き、神経を逆なでしてくる。
「嘆いている暇はないぞ、珠花。ナイの『尖塔』が、私たちの現実を喰らって肥大化している。一刻も早く、最上階へ辿り着かなければ」
隣を歩く大神叶恵が、鋭い視線を「触手の尖塔」へと向けた。
その時、足元の粘液が大きくうねり、ナイの眷属が姿を現した。肉塊と機械が歪に融合した、生理的嫌悪感を催す異形。
「ここの領域は汚させないんだから!」
背後で見守る緒妻明来が、震える声で叫んだ。
「大丈夫だよ、明来ちゃん」
明来を緒妻家へ向かい。その後、叶恵がSカンパニーの営業車で迎えにやってきた。
叶恵が運転する車に乗り込み、明来に帰りの挨拶を伝えた。
珠花と叶恵は互いに力強く頷き、叶恵と視線を交わす。二人の少女の周囲に、神性の光が渦巻いた。
「「ウェーイク・ゴッデース!」」
珠花の背後に、未来を象徴する光の機織り機が具現化する。
「我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
同時に、叶恵の周囲に過去を断ち切る宿命の鎖が舞った。
「我、過去から続く宿命をほどくもの!」
眩い閃光が異形の群れをなぎ払い、二人の女神がその真の姿を現した。
「我は創造者! 我は全てを忘却する純白の神風! シュカ!」
純白の装束を翻し、シュカが宣告する。続いて、漆黒の雷鳴とともにネガイが大地を踏みしめた。
「我は破壊者! 我は全てを滅却する漆黒の神雷! 我が名はネガイ!!」
「……ああ、神々しいわ」
遠く離れたカフェのテラスで、憂の淹れたお茶を配膳していた末美が、空を仰いで独りごちた。店内では、緒妻憂が「あらあら」と微笑みながら、いつも通りに窓の外を眺めている。
「末美ちゃん、珠花たちに、特製のおやつを用意しておいてあげてね。帰ってきたら、みんなでお茶にしましょう」
「……はっ。仰せのままに、大神様」
末美は深く頭を垂れた。憂の存在そのものが放つ、圧倒的なまでの「静寂」が、カフェの周囲だけは神話の汚染を寄せ付けていなかった。
しかし、戦地では現実がさらに削り取られていく。
シュカが神風を振るうたび、ネガイが神雷を放つたび、鹿島市民の記憶から「この街の本来の姿」が、鱗となって剥がれ落ちていく。
「シュカ、迷うな! この代償こそが、ナイを討つ唯一の剣となる!」
「わかってる、お姉ちゃん! 行こう!」
二人の女神は、現実と虚構が混濁する地獄のただ中を、一筋の光となって突き進んでいった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




