第8章「神話の胎動」 5節:虚像の審判、神域の怒り
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「肉塊の門」を潜った先に広がっていたのは、無限に続く「鏡の回廊」だった。だが、鏡に映っているのはシュカとネガイの姿ではない。そこには、崩壊し、泥のような粘液に沈んでいく鹿島市の「あり得たかもしれない最悪の結末」が、無数に映し出されていた。
「これ……全部、お母さんや明来ちゃんが……死んじゃってる……?」
シュカの足が止まる。鏡の中の憂は、冷たい骸となって異形の苗床にされ、明来は言葉を失い、単眼を持つ魚鱗の怪物へと変じている。
『滑稽だね。君たちが守ろうとしている「日常」なんて、ボクが指先一つ動かすだけで、これほど容易くゴミ屑に変わる定義(嘘)なんだよ』
空間そのものが歪むような、ナイの嘲笑が多重音声となって降り注ぐ。
その瞬間、緒妻家の居間に、かつてないほどの凍てつくような冷気が走った。
「……そこまでよ、ナイ」
憂の低い声が、部屋の空気を物理的に削り取る。彼女は震える明来をそっと寝かせると、その手で空間の「糸」を強引に手繰り寄せた。
窓の外では、重力を失った家々が砕け散り、肉塊の触手が空を覆い尽くしている。だが、憂の周囲だけは、一切の不浄を許さぬ絶対的な静寂が支配していた。
「あの子たちに見せていいものと、悪いものがあるわ。……あなたは、私の『逆鱗』に触れた」
憂の瞳の奥で、銀河の渦が高速で回転を始める。彼女の怒りは、もはや言葉ではなく、宇宙の理そのものを書き換える「圧力」となって尖塔へと伝播した。
(バステトちゃん。あの忌々しい鏡を、すべて粉砕しなさい。……『大神』の名において、あの子たちの視界を、私の温もりで満たしなさい)
「御意に……。畏れ多くも大神様を憤らせるとは。這い寄る混沌、その報いを受けるがいい」
影の中から現れたバステトが、黄金の鈴をかつてない激しさで振り鳴らす。
戦場では、絶望を見せていた鏡が、黄金の衝撃波によって一斉に砕け散った。
「あ……、光……」
シュカの耳に、遠くから憂の「……行きなさい、珠花ちゃん。大丈夫よ」という慈愛に満ちた声が直接響いた。
「そうだ……私たちは、鏡の中の偽物じゃない! 今、ここに生きている本物なんだ!」
シュカの全身から、純白の光が奔流となって溢れ出す。ネガイもまた、漆黒の雷を指先に集め、運命の糸を力強く握り直した。
「「ウェーイク・ゴッデース!!」」
「我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
「我は創造者! 我は全てを忘却する純白の神風! シュカ!」
「我、過去から続く宿命をほどくもの!」
「我は破壊者! 我は全てを滅却する漆黒の神雷! 我が名はネガイ!!」
光と闇の神気が重なり合い、尖塔の最深部を覆う「多重音声の霧」を完全に消し飛ばした。
その先に現れたのは、無数の貌を持ち、粘液に塗れた漆黒の「核」。
這い寄る混沌の本体が、ついにその姿を現そうとしていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




