第8章「神話の胎動」 1節:崩壊の序曲、再定義の空
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
鹿島市の空は、もはや光を通さぬほどに厚い、沸き立つような黒雲に覆われていた。
雲の隙間からは、時折「KOVID-666」に汚染された、どす黒い紫色の雷鳴が轟き、そのたびに街の景観が不気味に歪んでいく。
「シュカ、見て……。空が、笑っているみたい」
ネガイが指差した先。黒雲の渦そのものが巨大な「口」のように開き、そこから何万、何億という無数の「囁き」が降り注いでいた。
それは、聞く者の自我を削り取り、狂気へと誘う異世界の讃美歌。
「……負けない。これ以上、この街の思い出を汚させたりしない!」
シュカは耳を塞ぎたくなる衝動を抑え、純白の翼を強く羽ばたかせた。
その飛翔を、緒妻家の二階から見守る瞳があった。
「……始まったわね」
憂は窓辺に立ち、指先を天にかざす。その指先が触れた空間から、ガラスが割れるような音と共に、現実の「層」が剥がれ落ちていく。
「お母さん……、お空が真っ暗だよ。パパは、まだ戻ってこないの?」
ベッドの上で震える明来。憂は振り返り、慈愛に満ちた母親の顔で微笑んだ。
「大丈夫よ、明来。パパは今、とっても大切な『魔法』をかけている最中なの。もう少しで、この暗い雲も全部晴れるわ。だから、お母さんと一緒に、あの子たちの応援をしましょう?」
憂は明来の隣に座り、その冷たい手を握りしめた。その温もりは、神としての力ではなく、一人の母としての真実の熱だった。
(バステトちゃん。ナイが空の『蓋』を開けようとしている。……少しだけ、風を送りなさい)
影の中から、鈴の音のような声が響く。
「御意に、大神様。……このバステト、風を呼び、道を拓きましょう」
次の瞬間、シュカたちの周囲に黄金の旋風が巻き起こった。
「あ、これ……バステトさんの!?」
「チャンスよ、シュカ! この風に乗って、尖塔の最上階まで一気に駆け抜けるわよ!」
二人の女神は再び飛翔する。
だが、その進路を阻むように、空から巨大な、鱗に覆われた「節足」が幾重にも降りてきた。
現実世界が神話に完全に飲み込まれるまで、残された時間はあと僅かだった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




