第7章「決戦への序曲」 9節:神話の回廊、母の選択
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
鹿島市の空は、もはや昼夜の区別を失っていた。「KOVID-666」が物理現実を侵食し、街全体が巨大な心臓のように脈打っている。その中心に立つ「触手の尖塔」は、絶望の象徴として天を突いていた。
「……お母さん、外が、変な音でいっぱいだよ」
緒妻家の寝室。明来が憂の腕の中で震えている。窓の外からは、家々の壁を突き破って増殖する肉塊の摩擦音と、幾千もの合成された悲鳴が混ざり合った「神話の旋律」が響いていた。
「大丈夫よ、明来。耳を塞いで、楽しいことを考えていなさい。パパも地下で頑張っているし、珠花ちゃんたちも……すぐそこまで来ているわ」
憂は優しく明来を抱き寄せ、その髪を撫でる。だが、その瞳に宿る黄金の神性は、もはや隠しきれないほどに鋭利な輝きを放っていた。
(バステトちゃん。ナイの本体が、この街の『因果』を完全に固定しようとしているわ。このままでは珠花たちの神性すら、あの尖塔の糧にされる)
「……大神様、いかがなさいますか。私がお力の一部を開放し、露払いを行いましょうか」
影の中からバステトが静かに問う。
(いいえ。それはまだ早いわ。……今は、あの子たちに『絶望の先の定義』を見せなければならない。私が少しだけ、現実の『糊』を剥がしてあげる)
憂が密かに指を鳴らす。その刹那、尖塔の周囲を覆っていた「現実を溶かす黒い霧」が、一瞬だけ霧散した。
「今だわ、シュカ! 霧が晴れた!」
上空を飛翔するネガイが、好機を逃さず漆黒の雷を指先に集める。
「うん! 憂姉さんたちの家が見える……! みんなを守るために、私が……私が全部忘れさせてあげる!」
シュカが純白の翼を広げ、尖塔の基部へと急降下する。
「ウェーイク・ゴッデース!我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
「我は創造者! 我は全てを忘却する純白の神風! シュカ!」
「ウェーイク・ゴッデース!我、過去から続く宿命をほどくもの!」
「我は破壊者! 我は全てを滅却する漆黒の神雷! 我が名はネガイ!!」
純白の旋風と漆黒の雷鳴が、尖塔の表面を覆う「無数の人間の顔が浮かぶ肉塊」を粉砕していく。しかし、破壊された箇所からは、さらに冒涜的な「節足」が幾重にも生え出し、二人を絡め取ろうと蠢いた。
その激闘を、憂は静かに見守っていた。
彼女の背後では、眠りに落ちた勝や樹、そして不安に耐える明来が静かな寝息を立て始めている。
「……さあ、珠花ちゃん、叶恵ちゃん。この地獄の舞台で、あなたたちは何を『創造』するのかしら」
母としての慈愛と、神としての峻厳。二つの顔を持つ憂の静かな視線が、崩壊する世界の中心を射抜いていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




