第7章「決戦への序曲」 7節:沈黙の鹿島市…蕃神の胎動
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
緒妻家を襲った「門」とその上位個体は消滅した。だが、その光が収まった後の鹿島市を包んでいたのは、かつてないほど濃厚で、生理的な嫌悪感を呼び起こす「沈黙」だった。
「……これ、嘘でしょう?」
シュカの声が震える。
緒妻家の門前から見える住宅街の景色は、わずか数分の間に、常軌を逸した「異界」へと変貌を遂げていた。
空からは黒い雪が雨のように降り注ぎ、街の色彩を塗りつぶしている。電柱はしなやかに曲がり、血管のようなものが浮き出た肉の柱へと変じている。家々の窓からは、人間の叫び声ではない、粘着質な音が漏れ聞こえ、そこからは鱗に覆われた腕や、不自然なほど増殖した指が這い出し、空を掻いていた。
「KOVID-666……。ナイのウイルスが、街の全システムと生物を完全に上書きしたのよ」
ネガイが唇を噛み締め、眼下に広がる地獄を見つめる。
通信網は完全に死んでいた。スマートフォンからは砂嵐のようなノイズと共に、聞いたこともない言語の「詠唱」が流れ続け、それを受け取った人々の精神を内側から破壊し、肉体を再定義していく。
街角では、変わり果てた姿の元・市民たちが、自我を失った「生ける悪夢」として徘徊していた。ある者は複数の頭部が癒着した肥大化した肉塊となり、ある者は背中から無数の節足を生やし、ただ破壊と捕食を繰り返している。
「憂姉さん、明来ちゃん……。こんなの、もう戻せないよ……。どうすればいいの?」
シュカの瞳から涙が溢れる。女神としての力を持ってしても、この広域に及ぶ「神話的パンデミック」を食い止める手段が見当たらない。
その時、閉ざされた緒妻家の窓の向こうで、憂が静かに立ち上がった。
彼女の背後には、意識を失って眠らされた明来たちが横たわっている。
「……バステトちゃん、時間ね。ナイがこの街を『門』そのものにしようとしているわ」
「大神様、すでに限界層が崩落を始めています。このままでは……」
末美の問いに、憂は窓をそっと開き、汚染された大気を慈しむように見つめた。
(シュカ、ネガイ。絶望の底でこそ、本当の『希望』が定義される。あなたたちがこの地獄の先に見出す答えを、私は待っているわ)
憂が空を仰ぐと、漆黒の雲の隙間から、一筋の不気味な赤光が街の中心部を射抜いた。
そこに、ナイの真の姿を現出させるための「巨大な触手の尖塔」が、市民たちの肉体と建物を素材にして、天に向かって伸び始めていた。
「あれを壊さないと……。あれが完成したら、本当にこの世界が終わっちゃう!」
シュカが涙を拭い、純白の光を再び強く輝かせる。
「行きましょう、シュカ。この街を取り戻すんじゃない。私たちが、新しい世界を創るのよ!」
ネガイの漆黒の雷が、目前に迫る異形の群れを焼き払う。
二人の女神は、神話の胎動に沈む鹿島市の中心部へと、決死の飛翔を開始した。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




