第7章「決戦への序曲」 6節:再定義の咆哮
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「門」の亀裂から溢れ出す粘液が、緒妻家の庭園をどす黒く染め上げていく。
這い出してきたのは、もはやこれまでの尖兵とは比較にならない、ナイの直系たる上位個体だった。
それは、無数の歪んだ人間の顔が肉塊の表面に浮かび上がり、数え切れないほどの節足が空を掻く、おぞましい巨躯。合成された数千人の悲鳴のような声が、直接脳内へ響き渡る。その存在が放つ「KOVID-666」の濃度は、立っているだけで現実の感覚を希薄にさせるほどに強烈だった。
『……定義……再定義……。この世界は、不要……』
「っ……、なんてプレッシャーなの……!」
ネガイの足が、僅かに震える。漆黒の神雷さえも、その冒涜的な肉体の前では霧散させられていく。
「ネガイ、しっかりして! 私たちが諦めたら、憂姉さんたちが……っ!」
シュカが純白の光を振り絞り、巨躯から伸びる触手を神風で切り裂く。だが、切断面からは即座に新たな肉が盛り上がり、肥大化していく。
二階の窓辺。憂は、怯える子供たちを背後に庇いながら、その惨状を静かに見つめていた。
「お母さん……怖いよ……」
明来が憂の服の裾を強く握りしめる。
「大丈夫よ、明来ちゃん。……ちょっと、外の空気が淀んでいるだけ。すぐにお友達が掃除してくれるわ」
憂は微笑み、明来の頭を撫でる。その瞬間、憂の瞳の奥で黄金の神性が静かに瞬いた。
(末美ちゃん。これ以上の『演出』は不要よ。門の向こう側……ナイの本体に、こちらの『挨拶』を届けなさい)
「御意に……。大神様」
末美――バステトは、影の中で深々と頭を下げた。
彼女の手には、本来の神威を取り戻した黄金の祭器が握られていた。
「シュカ、ネガイ! 私に合わせなさい。この異形を、根源から消去します!」
バステトの声が、戦場に響き渡る。
「えっ、バステトさん!?」
「今よ、二人とも! 迷わないで!」
シュカとネガイは顔を見合わせ、力強く頷いた。二人の女神の力が、末美の神性を介して一本の巨大な光の柱へと昇華していく。
「ウェーイク・ゴッデース!我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
「我は創造者! 我は全てを忘却する純白 of 神風! シュカ!」
「ウェーイク・ゴッデース! 我、過去から続く宿命をほどくもの!」
「我は破壊者! 我は全てを滅却する漆黒の神雷! 我が名はネガイ!!」
光と闇、そして古き神の力が混ざり合い、緒妻家を包囲していた「門」とその眷属を飲み込んでいく。
轟音と共に現実が揺らぎ、異形の咆哮が消滅の光の中に溶けていった。
だが、光が収まった後の庭園には、不自然なほどの静寂と、より深い「闇」の予感が漂っていた。
憂は、消えゆく光の残滓を見つめながら、窓をそっと閉めた。
「……さあ、ご挨拶は終わり。本番は、これからね」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




