第7章「決戦への序曲」 3節:浸食される境界線
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
黒い雪は、ただのノイズではなかった。
鹿島の街に降り注ぐその結晶は、ナイが放った最悪のデジタル・ウイルス――**「KOVID-666」**の媒介体だった。
「……あ、あぁ……あ、あが、あ……っ!」
悲鳴が上がったのは、前線カフェからほど近い、かつて珠花が最初の戦いを経験した公園だった。
仕事を終えて帰路についていたはずのサラリーマンが、道端でうずくまり、異常なまでの苦悶に表情を歪めている。彼の肌の下で、何か太いものが蠢くのが透けて見えた。
「……っ! ネガイ、あれ!」
「……最悪ね。現実世界の構造を直接書き換えられている。感染しているわ」
シュカとネガイが駆けつけた時、すでに「それ」は人間としての形を保っていなかった。
メリメリと骨の砕ける音が響き、背中を突き破って数本の太く長い触手が這い出す。顔の中央には、元あったパーツを押し退けるようにして、粘膜に覆われた巨大な一つの眼球がギョロリと開いた。
その下には、眼球と同じほどに巨大な口が裂け、中には規則正しく、鋭利な刃物のような牙が隙間なく並んでいる。
「…ナイが好んで使う、思考を捨てた破壊の尖兵よ」
ネガイが忌々しげに吐き捨て、漆黒の雷を指先に集める。
「そんな……。人間が、こんな姿に……。ダメだよ、こんなの!」
シュカの叫びに応じるように、一つ目の蛸のような怪物が、数十メートルの巨躯を震わせ、公園の遊具を触手で叩き潰した。もはやそこには自我はなく、ただ目の前の光り輝く女神を抹殺せんとする殺意だけが渦巻いている。
『ギ、ギ……ィ、ギョォォォォオオオオ!』
鼓膜を突き刺すような不快な咆哮。それと同時に、周囲の空間から冒涜的な光景を具現化したような小規模な影に似た醜悪な眷属たちが次々と這い出してきた。
「シュカ、来るわよ! 感染を広げさせないで。ここで食い止める!」
「わかってる……。憂姉さんたちがいるこの街を、絶対に汚させない!」
シュカが地を蹴り、純白の風が黒い雪を切り裂く。
だが、空を見上げれば、黒い雪の勢いは増すばかりだった。鹿島市全域に広がりつつあるこの「パンデミック」は、単なる武力行使ではなく、世界の定義そのものを根底から覆そうとしていた。
遠く離れた緒妻家のベランダで、憂は静かに戦場を見つめていた。
その背後では、哲人が「システムの一部に異常な負荷がかかっている……。憂、子供たちを奥の部屋へ」と、緊迫した様子で端末を操作している。
憂の瞳は、眼下の怪物――かつての人間だったもの――を冷徹に、そしてどこか哀れむように見つめていた。
「さあ、シュカ。ネガイ。この絶望という名の『神話』を、どうやって塗り替えてくれるのかしら?」
女神の問いかけに応えるように、公園に漆黒の雷鳴と純白の旋風が激突した。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




