閑話:鹿島に響く除夜の鐘と、神々が集う正月
今年も遂に大晦日…。
本編ではなく閑話を用意しました。
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この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「はい、珠花ちゃん! あー、動かないで。リボンが曲がっちゃう」
「美琴さん、くすぐったいです!」
大晦日の「前線カフェ」では、スタッフの美琴が珠花の髪を整えていた。店内には、年越し蕎麦の出汁の香りが漂っている。
スタッフ助手の稲穂と亜都は、地元の小学校の友達と宿題を終わらせたのか、今は店内の大掃除を「遊び」に変えて楽しそうにハタキを振っていた。
「雫店長、お蕎麦の準備できました!」
祈里の声に、碧海雫が「ありがとう、私も今、お餅の用意が済んだわ」と微笑む。彼女たちの視線の先には、珠花を「可愛い妹」として慈しむ、偽りのない温かな眼差しがあった。
そこへ、買い物袋を抱えた叶恵が入ってくる。
「お疲れ様です、皆さん。……あ、珠花、憂姉さんから連絡があったわよ。今夜は緒妻家で年越し蕎麦を一緒にって」
「本当!? やったぁ、憂姉さんの手作り蕎麦だ!」
珠花が喜ぶ傍らで、叶恵はふと憂の影に隠れるように控えるバステト――末美ちゃんを見た。
「緒妻社長……いえ、憂姉さんには、私たちからもご挨拶に行かないとね」
叶恵は、仕事の顔を「姉」の顔へと切り替え、優しく珠花の肩を抱いた。
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緒妻家のリビングでは、テレビから流れる年末番組を背景に、賑やかな笑い声が絶えなかった。
「パパ、お蕎麦まだー?」
長男の陽がキッチンを覗き込み、次女の樹も「お腹空いたー!」と声を上げる。
「もうすぐだよ、二人とも。今日は特別にパパが腕を振るったからね」
工学博士としての精密な計算を「天ぷらの揚げ加減」に注ぎ込んでいる緒妻哲人が、エプロン姿で笑った。
「哲ちゃん、あんまり凝りすぎると、みんな待ちくたびれちゃうわよ」
憂が苦笑しながら、珠花と明来のグラスにジュースを注ぐ。
「憂姉さん、お手伝いします!」
「いいのよ、珠花ちゃん。今日はゆっくりして。明来も、珠花ちゃんと今年一年の思い出話でもしてなさい」
珠花と明来は顔を見合わせ、楽しかったこと、少し怖かったこと、そして一緒に乗り越えてきた日々のことを、小さな声で語り合った。憂はその様子を、慈愛に満ちた「女神」ではなく、一人の「母」として、そして「姉」として、優しく見守っていた。
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明けて元旦。
鹿島市の象徴、祐徳稲荷神社の朱塗りの楼門は、初日の出を浴びて輝いていた。
珠花と叶恵、そして緒妻家の一行は、共に参道を歩く。
「……大神様、あ、失礼。末美、参りました」
バステトが耳まで隠れる防寒具を纏い、憂の背後にそっと並んだ。珠花たちの前ではあくまで「近所の猫好きな店員さん」だ。
「てちちも一緒だね!」
珠花が足元の黒いチワワを撫でる。てちちは「わん!」と短く鳴き、憂に向かって一瞬だけ敬意を込めた眼差しを送った。
「みんな、今年一年が良い年になるように、しっかりお祈りしましょうね」
憂の言葉に、一同は拝殿の前で手を合わせる。
珠花は目を閉じ、心の中で願った。
(……憂姉さんや哲人さん、明来ちゃんたちの平和な日常が、ずっと続きますように。そして、いつか叶恵姉さんの罰が解けますように)
その隣で、叶恵もまた、今は言えない「ウカノミタマの眷属、紅への想い」としての想いを、かつての親友や妹たち――少し離れて参拝している祈里たちに向けて、密かに祈っていた。
「あ、見て! 雪が……!」
珠花が指差した空から、白い結晶がひらひらと舞い落ちてくる。
「初雪ね。幸先がいいわ」
憂が空を見上げ、その指先で雪を受け止めた。
それは、これからの激闘を予感させる冷たさではなく、世界を優しく包み込む「初期化」の白さのようだった。
神話が息づくこの街で、新たな一年が静かに、しかし力強く幕を開けた。
(閑話「鹿島に響く除夜の鐘と、神々が集う正月」-完-)
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




