第6章「輪廻の境界」9節:多良岳へ歪む因果の境界線
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
カフェを飛び出したシュカとネガイの視界に飛び込んできたのは、もはや現実の鹿島市とは呼べない異様な光景だった。 空はどんよりとした鉛色に変色し、多良岳の山頂から噴き出すノイズのような霧が、街の輪郭を蝕んでいる。
「……ひどい。街が、溶けてるみたい」
シュカが低く呟く。道路のアスファルトは砂のように崩れ、建物の一部はデジタルノイズとなって点滅を繰り返していた。街の人々は、魂を抜かれたように立ち尽くし、ただ一定の間隔で鳴り響く「鐘」の音に聞き入っている。
「これがナイの言っていた『現実の再定義』の果てよ。珠花、惑わされないで。あの山頂にいる何かが、この世界のルールを書き換えているわ」
ネガイが自身の拳をギュッとを握り直し、先行する。
二人が多良岳へと続く登り口――通称『正門』と呼ばれる鳥居の前に差し掛かった時、霧の向こうから、カラン、カランと虚ろな下駄の音が響いた。
「(おい、珠花! 上を見ろ! 因果の糸が集中してやがる!)」
てちちが警戒の声を上げる。
鳥居の上に腰掛けていたのは、和装に身を包んだ、けれど顔のない「人形」のような少年だった。その手には小さな銀色の鈴が握られており、彼がそれを振るたびに、周囲の空間がガラスのようにひび割れていく。
「ようこそ、神話の迷子たち。……ここはもう、君たちの知っている『昨日』には繋がっていない」
少年の声は、どこか複数の人間の声が重なったような不気味な響きを持っていた。
「あなたが……あの鐘を鳴らしているの?」
シュカが問いかけると、少年は静かに首を振った。
「僕はただの『記録係』さ。鐘を鳴らしているのは、君たちが切り捨てようとした『可能性』の残滓……。さあ、通したければ示してごらん。君たちが守ろうとしているこの世界に、どんな価値があるのかを」
少年が鈴を鳴らすと、鳥居の奥から巨大な「影の猛獣」が這い出してきた。それはかつてこの山にいたはずの生き物たちが、絶望によって再構築された異形の姿。
「お姉ちゃん!」
「ええ、わかってるわ。……こんな門番、一秒で焼き切ってあげる!」
ネガイの業火を纏った漆黒の剣が夜闇を照らし、シュカの風が因果の霧を切り裂く。 山頂へと続く「正門」での戦いが、今、幕を開けた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




