第6章「輪廻の境界」6節:前線カフェの静寂…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
放課後の喧騒が嘘のように、夕暮れ時の「前線カフェ」は静まり返っていた。普段なら学校帰りの生徒たちで賑わうはずの店内だが、今は珠花、叶恵、そして少し青ざめた顔の明来の三人だけが、カウンターの隅でタルトを前に座っている。
「……ねえ、やっぱり変だよ。外、誰も歩いてないもん」
明来が窓の外を指差した。
鹿島の街並みは確かにそこにある。だが、動くものが何一つない。走る車も、鳴く鳥も、風に揺れる街路樹さえも、まるで時が止まったかのように凝固している。ただ、遠く多良岳の麓から響く、あの低く重い「鐘の音」だけが、規則的に空気を震わせていた。
「……因果の浸食が、予想以上に早いわね」
叶恵が鋭い眼差しで外を睨んだ。彼女の足元では、てちちが毛を逆立てて低く唸っている。
「珠花、聞こえるか? この静寂の裏で、何かが『食事』をしている音がよ」
「食事……? 誰が何を食べているの、てちち」
「この街の『意味』だよ。ナイが荒らした土地の境界から、古びた影共が這い出してきて、人々の認識を食い潰してやがる。このままじゃ、鹿島市そのものが地図から消えて、神話の掃き溜めになっちまうぞ」
珠花はタルトを持つ手を止めた。
その時、カフェの扉が音もなく開いた。
カラン、という鈴の音と共に現れたのは、緒妻憂だった。彼女はいつものように涼しげな表情で、バステトを連れて店内へ入ってくる。
「あら、貸し切りかしら? ちょうどいいわ。少し喉が渇いたから…。美琴さん、いつもの」憂は外の様子を心配そうな表情で眺めていた美琴に声をかけた。祈里、神那、沙希、稲穂、亜都も美琴と同じように複雑な表情で、外の様子を眺めている。
「あっ!はい。分かりました」美琴はそういうと、店長である「碧海 雫」がいるキッチンへ向かって行った。
「憂お姉ちゃん! 外が大変なんだよ、変な鐘が鳴って、みんな消えちゃって……!」
珠花が駆け寄ろうとしたが、バステトがその前に立ちはだかり、シャーっと威嚇の声をあげて、珠花に鋭い爪を見せた。
「今、『定義の境界』が不安定になっているわ。下手に誰かに触れれば、あなたの記憶ごと、向こう側に持っていかれるわよ」
憂は外の様子を気にした様子もなく、カウンターの一番奥の席に腰を下ろした。
カフェの中の時間が微かに揺らぐ…。卓上の花瓶に挿された花が、一瞬で枯れ、そして再び蕾へと戻るという奇妙な輪廻が見えたのだ。
「(……ふふ、怖がらなくていいのよ、珠花。私はただ、次の『幕』が上がるのを特等席で見守りたいだけ。……ねえ、叶恵。あなたはもう気づいているのでしょう? あの鐘を鳴らしているのが、かつてあなたが切り捨てた『声』だということに)」憂は何も気づかない素振りで心の中で呟く…。
叶恵の体が、目に見えて硬直した。その瞬間、カフェの窓ガラスを無数の「白き手」が外から覆い尽くし、店内の明かりが消えた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




