第6章「輪廻の境界」2節:黄泉の風
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
放課後のチャイムが鳴り響くと同時に、珠花は教室の窓の外を眺めた。校庭では部活動に励む生徒たちの声が響いている。一見すれば、ナイが仕掛けた「仮想世界への誘惑」など、遠い夢の話になったかのようだった。
「……珠花、どうかしたの? ぼーっとして」
隣の席から、明来が心配そうに顔を覗き込んできた。彼女の瞳は、今はもう虚ろではない。けれど、珠花の目には、明来の肩のあたりに、ごく僅かな――陽炎のような「歪み」が、いまだにこびり付いているのが見えていた。
「ううん、何でもないよ。……明来ちゃん、今日は寄り道しないで帰ろう?」
「えー、前線カフェで新作のタルトが出るって聞いたのに。……あ、もしかして珠花、まだ少し疲れが抜けてない?」
明来の屈託のない言葉に、珠花は曖昧に笑った。 珠花の足元で、カバンの中に潜んでいたてちち(ショロトル)が、誰にも聞こえない低い声で耳打ちした。
「(珠花、気をつけろ。あの娘(明来)に憑いているのは、ナイの残滓だけじゃねえ。……もっと湿り気のある、古臭い因果の匂いだ)」
「(古臭い因果……?)」
珠花たちが校門を出ようとしたその時、風が止まった。視界の端で、街路樹の影が不自然に長く伸び、アスファルトの上を「這う」ように動き始めた。周囲にいた生徒たちの姿が、まるで霧に巻かれたように薄れていく。
「……あらあら、随分と急ぎ足なのね、黄泉の風は」
不意に、校門のすぐ脇にある大銀杏の木の下から、緒妻憂が呟いた。彼女は自宅から持参したモノトーン柄の和傘を差して佇んでいた。
「哲ちゃんがね、今日は少し空が『濁る』って言っていたの。だから、可愛い妹たちの顔を見に来ただけよ。……ねえ、バステト。あなた、何か気づかないかしら?」
憂の影から、不機嫌そうにカチューシャの猫耳を動かしながら、バステトが姿を現した。
「……ふん。デジタルなんてチャチなものじゃなくて、この国の地面の底に溜まった『ドロドロ』が漏れ出しているわ。」
バステトが指差した先。校庭の真ん中に、人々の「現実への不安」を苗床にした、赤黒い鳥居の残骸のようなものが、実体を持って立ち昇ろうとしていた。それはナイが作ったグリッドとは似て非なる、血と泥の匂いがする「神隠し」の門だった。
***
「……くるよ、珠花! 覚悟を決めな!」
てちちの叫びと共に、影の中から無数の白い「手」が伸び、明来の足首を掴んで、影の中に引き摺り込む。
「きゃっ!? ……珠花、助けて!」という言葉が聞こえ、そして、静寂だけが残った。
「明来ちゃん!」
珠花は迷わず、髪飾りに手をかけた。日常が、再び神話の色彩に染まっていく。
「ウェーイク・ゴッデー ス! 我、未・来・へと続く運・命・を紡ぐもの!」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




