第4章「創造と破壊の始まり…」9節:ナイの哄笑
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
放課後の教室、あるいは夕暮れの帰り道。 かつて当たり前だった景色は、今やナイが放った「意味の浸食」によって、油絵の具をぶちまけたような不気味な色彩に塗り潰されようとしていた。
珠花は、人影の消えた商店街の真ん中で立ち尽くしていた。 「明来ちゃん……? 誰か、いないの……?」 返事はない。ただ、遠くで救急車のサイレンだけが、壊れたレコードのように同じ音を繰り返している。
「無駄だよ、天女のお嬢さん。彼らは皆、自分自身の『意味』に耐えきれなくなったんだ」
不意に、影の中から男性が現れた。 仕立ての良いスーツを纏っているが、その輪郭は陽炎のように揺らぎ、見る者の視神経を逆撫でする。 ナイ。外界より来たりて、世界の再定義を目論む宿敵。
「……貴方が、ナイ?」 珠花は震える手で「女神の髪飾り」に触れた。背筋を凍らせるような、圧倒的な「虚無」の気配。バステトやショロトル(てちち)から感じた「神気」とは根源的に異なる、世界を食い破る穴そのもののような存在。
「そう呼んでもらって構わない。私はね、救いに来たんだよ。この不完全で、残酷な現実から」 ナイは優雅に、しかしどこか嘲るように両手を広げた。
「見てごらん。人間たちは皆、自分の人生という重荷を捨てたがっている。私が与えるパンデミックは、彼らを『定義』という苦痛から解放し、私の物語という永遠の安らぎへ招き入れるためのプロセスに過ぎない」
「嘘……! だって、みんな苦しそうだよ! お姉ちゃんだって、必死で守ろうとしてるのに!」
「願居…いや、今は叶恵と呼ばれてるか…。 哀れな元・女神だ。罰という鎖に繋がれ、歌うことさえ許されない器。彼女が守ろうとしている日常こそが、最大の残酷だとは思わないかい?」
ナイが指を鳴らすと、周囲の空間がガラスのように割れた。 破片の向こうに見えるのは、病院のベッドで眠り続ける人々と、彼らが夢見ている「仮想の楽園」。
「現実に絶望した者たちが、自ら進んでデジタルな繭に逃げ込む。……面白いだろう? 私がこの世界を壊せば壊すほど、人類は自ら『仮想現実世界』という逃げ場を完成させていく。私はただ、背中を押してあげているだけなのだよ」
「……そんなの、間違ってる……!」 珠花の中に、熱い怒りが込み上げる。 それは、純真な少女としての感情であると同時に、彼女の魂に刻まれた「戦乙女」の本能が、世界の歪みを正そうとする胎動だった。
「ほう。……いい目だ。偉大なる『宇宙の真理たる者』が選んだ『舞台装置』だ」 ナイの口角が吊り上がる。
「変身したまえ、戦乙女。君が輝けば輝くほど、人々の絶望は深まり、私の再定義は完成に近づく。君の光は、逃げ場を求める羊たちにとっての『終末の合図』になるのだから!」
「くっ……。ウェイク・ゴッデス!」
珠花の叫びと共に、黄金の光が炸裂する。 有明の天女としての装束を纏い、背中には純白の光の羽が広がる。しかし、ナイの言う通り、その光は今や、薄暗い街の中で「世界の終わり」を告げる聖火のように、あまりにも不吉で美しく輝いていた。
「……珠花、駄目だ! そいつに口車に乗るな!」 影の中から飛び出してきた黒いチワワ——てちち(ショロトル)が叫ぶが、ナイは冷ややかに笑うだけだった。
「さあ、始めようか。神話に抗う少女と、新世界を創る私の、最初のデュエットを」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




