第4章「創造と破壊の始まり…」8節:蝕まれる街、選ばれし「避難所」
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……また、一人」
放課後の校門前、珠花は救急車が走り去るのを、震える肩を押さえながら見送った。
ニュースでは「原因不明の集団昏睡」と報じられている。けれど、珠花の目にははっきりと見えていた。運ばれていく人々から、色彩が、そしてその人をその人たらしめる「意味」が、黒い霧となって抜け落ちていく様が。
「珠花、大丈夫? 顔色が真っ青だよ」
親友の明来が心配そうに手を握ってくれる。その温もりさえも、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。
「あ、明来ちゃん……。私、なんだか怖いの。この街が、どんどん知らない場所に変わっていくみたいで……」
「大丈夫だよ。きっとお医者さんがなんとかしてくれるって。そうだ、昨日のネットニュース見た? こういう病気が流行っても、安全に過ごせる『仮想現実世界』の開発が進んでるんだって。そこなら、誰も病気にならないし、好きな姿でいられるんだってさ」
明来の無邪気な言葉。 それは、後に「SAGA SAGA」と呼ばれることになり、明来の父親である哲人が創造し、哲人の意志を娘である未来の明来が引き継ぐ日が来る事を誰が、この時点で予測できたであろうか…。
『仮想現実世界』は人類の新しい新天地でもあり、逃避行の始まりに過ぎない。ナイが引き起こした現実の地獄が、皮肉にも人類をデジタルな監獄へと誘っている。
***
「——最悪ね。あやつ、本気でこの層を『更地』にするつもりだわ」
夕暮れの大神家の屋根の上。バステトは、不気味に赤黒く染まった佐賀の空を見上げ、忌々しそうに吐き捨てた。 彼女の傍らでは、てちちが毛を逆立て、低く唸っている。
「ナイの野郎……。人間から意味を剥ぎ取って、抜け殻になった連中を自分好みの『眷属』に作り変えてやがる。パンデミックの感染源は、恐怖だ。怖がれば怖がるほど、奴の『再定義』は加速するぜ」
「……わらわたちの神気も、ここでは薄まっている。大神様が『基盤』を貸し出してはいるけれど、大神様は表立って積極的に助けるつもりはないようね。ただ、舞台を整えているだけ」
バステトの言葉通り、憂にとって、このパンデミックも、人々が絶望して仮想現実世界へ逃げ込む未来も、すべては「そうあってもいい」世界の形の一つに過ぎないのだろう…。
「ただいま……」
玄関のドアが開き、珠花が帰宅した。その背後には、仕事帰りの叶恵もいた。 叶恵の顔は、かつてないほどに険しい。
「バステトさん。……この病気、ただの流行病じゃない。誰かが意図的に、この世界の『因果』を書き換えています」
バステトはゆっくりと叶恵の方へ振り向いた。その瞳には、夕闇よりも深い、底知れない静寂が宿っている。
「叶恵。…… そうね、ナイはとても熱心みたいね。彼はこの退屈な現実に、新しい『意味』を与えようとしているの。……ねえ、珠花」
バステトの視線が、震える珠花を射抜く。
「貴女はどうしたい? このまま、みんなが『意味』を失って、ナイの操り人形になるのを見届ける? それとも……貴女が『天女』として、そのすべてを引き受けて、新しい世界を作るきっかけになる?」
「バステトさん! 珠花にそんなことを——!」
叶恵が割って入ろうとするが、バステトの周囲に展開された「神気の空間」に阻まれ、一歩も近づけない。
「珠花、選びなさい。貴女の『意志』だけが、私の描くこの世界の基盤を、唯一動かすことができるのだから」
珠花は、自らの胸に光る「女神の髪飾り」を握りしめた。 窓の外では、ナイの笑い声のような雷鳴が轟いていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




