第4章「創造と破壊の始まり…」7節:予兆
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
激しい光の奔流が収まった後、有明海にはいつもの穏やかな夕暮れが戻っていた。 反転していた海は空へ帰り、異形の影も霧散した。
「はぁ……はぁ……。お姉、ちゃん……」
「珠花!」
変身が解け、力なく膝をつく珠花を、叶恵が力一杯抱きしめる。 その温もりに触れて、珠花はようやく自分の指先がまだ「人間のもの」であることを確認し、安堵の涙をこぼした。
「……ふん、危なっかしいわね。でも、あやつの一撃を押し返した。ひとまずは合格かしら」
バステトが不機嫌そうに砂を払いながら近づいてくる。
その後ろでは、てちちが「全く、心臓に悪いぜ。憂の野郎、こんなスレスレの戦いを楽しんでやがるのか?」と悪態をついていた。
***
その夜。大神家の食卓は、いつになく静かだった。 中央には叶恵が頑張って作った温かなシチューが並んでいるが、珠花はスプーンを持ったまま、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
「どうしたの、珠花? お腹空いてない?」
叶恵が優しく声をかける。彼女はいつも通り、何もなかったかのよう振舞っている。
「……ねえ、叶恵お姉ちゃん。今日、変身したとき……なんだか、自分が自分じゃなくなっちゃうみたいな、不思議な感じがしたの。すごく遠くから、誰かが私を呼んでるみたいな……」
その言葉に、叶恵の手が止まった。 戦乙女としての覚醒。それは有明の天女という「象徴」に飲み込まれる過程。もし珠花が完全に「あちら側」の存在になれば、この食卓を囲む日常は二度と戻らない。
「それはね、珠花。貴女がそれだけ一生懸命、誰かを守ろうとした証拠よ。……でも大丈夫。私がここにいる限り、貴女が貴女でなくなることはないわ」
叶恵は珠花の頭を優しく撫でた。 その手の温もりは本物だ。けれど、バステトは見ていた。叶恵が珠花に触れた瞬間、珠花の周囲を漂っていた「神話の残滓」が、まるで最初から存在しなかったかのように消滅したのを。(大神様が関与したのね…)
バステトは背筋に走る戦慄を隠し、シチューの肉を噛みしめた。 神々の王ですら干渉できない因果を、大神様は、まるで呼吸するように普通に上書きしている。
「ところで、ニュース見た? 鹿島市の近くで、原因不明の体調不良を訴える人が増えてるんですって」
叶恵がテレビのリモコンを操作する。 画面には、病院に運ばれる人々の姿が映し出されていた。
ナイの「パンデミック」は、珠花が影を払っただけでは終わっていなかった。それは目に見えない毒のように、人々の精神(意味)を蝕み始めている。
***
「……仮想現実の研究が加速する、か…皮肉なものね」
緒妻家の食卓には、ここ最近…。夫である哲人の姿はない。今、正に憂がテレビを見つめて呟いた 現実が耐え難い恐怖に包まれるとき、人類は新たな「逃げ場」を求める場所。後に「SAGA SAGA」と呼ばれる巨大な揺り籠を創造するプロジェクトの開発最高責任者として、休みなく働き続けている事を、妻である憂は知っている…。そして、その未来の行方さえも…。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




