第4章「創造と破壊の始まり…」5節:有明の潮騒、消えた「音」の行方
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……また、だわ」
放課後。大神珠花は、憂の長女であり同じ中学校に通う親友の明来と寄り道をして帰る途中の有明海沿いの堤防で、足を止めた。
穏やかな海。干潟にはムツゴロウが跳ね、いつも通りの光景が広がっている。しかし、珠花の耳には、数日前からある「違和感」がこびりついていた。
「どうしたの、珠花? またムツゴロウと喋ってるの?」
明来が不思議そうに覗き込んでくる。珠花は首を横に振り、海を見つめたまま呟いた。
「……音が、変なの。潮騒の中に、何かが混ざってる気がして」
珠花が「ウェイク・ゴッデス」として覚醒を始めてから、彼女の感覚は鋭敏になりすぎていた。
彼女が聴いているのは、物理的な波の音ではない。世界を構成する「意味」の響き。 今、その響きの中に、ナイが現実世界での「失敗」を隠蔽するために放り出した、意味の欠落したノイズが混じり始めていた。
「音が消える……? あら、不吉ね」
不意に背後からかけられた声。振り向くと、そこにはお洒落なサングラスをかけ、アイスクリームを手にしたバステトが立っていた。
その後ろを、黒いチワワのてちちが「おい、外で勝手に神気を漏らすなと言っただろう!」と必死に追いかけてきている。
「バステトさん! それに、てちちも」
「珠花、バステトの言う通りだ。ナイの野郎、過去の失敗をやり直すために、こっちの世界に『ゴミ』を捨てやがった」
てちちの低い声に、珠花の表情が曇る。 ナイが試み、そして失敗した「世界の再定義」。
その過程で生じた、どの神話にも属さない「不要な概念」が、この鹿島の地に淀みを作っていた。
「……叶恵姉ちゃんの歌を奪ったのも、その『ゴミ』のせいなの?」
珠花の問いに、バステトはアイスを舐めながら黄金の瞳を細めた。
「半分正解で、半分間違いね。叶恵――願居の歌は、神々の定めた罰。けれど、その罰さえも利用して世界を上書きしようとしているのがナイよ。……ほら、来たわ」
バステトが指差した先。 有明海の水平線が、一瞬だけ「反転」した。 空の色が海に落ち、海の色が空へ昇る。重力が、意味が、色が、支離滅裂に混ざり合う――外界からの侵食、第ニ波。
「珠花! 覚悟を決めろ。今回は昨日より手強いぞ!」
「……うん。女神の髪飾り、お願い!」
珠花が胸元に手を当てると、呼応するように空間が震える。 彼女が戦うのは、家族を守るため。 けれど、彼女が光を放つたびに、彼女の魂は「人間」という器から、神話という名の監獄へと、一歩ずつ近づいていく…。
その様子を、一見、前線カフェの窓を見つめている様に、眺めている緒妻憂。 彼女は手にしたティーカップを傾け、誰に言うでもなく呟いた。
「いいわよ、珠花。もっと輝きなさい。……ナイの失敗さえも、貴女の成長のスパイスにしてあげる」
世界の基盤である彼女の意思こそが、この戦いを「物語」として成立させていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




