今後の証人
それから1週間後。
弟とルナは山に魔物狩りに出かけ、庭で洗濯物を干していると、きゃんきゃんと甲高い鳴き声と共に、ころころと転がるように毛玉が走ってきた。
えっ、えっ? この子はひょっとして……シャルル様の……
足元にじゃれつく、くるんくるんの巻き毛の子犬を抱き上げた。
「ショコラ、俺より先に行くな」
「シャルル様……」
ショコラと呼ばれた犬を追いかけてきたのは、シャルル様だ。
会いたさのあまり幻覚を見ているんだろうかと、目をみはった。
「えっ、と……あの、また魔物狩りに? 今度はこのワンちゃんを連れて、ですか」
ルナは強いが、このショコラはどう見ても戦力外な気が。
「いや、違う。ローサに会いに来た」
「私に……? どうしてですか」
「どうしてって、会いたかったからだ。顔が見たかった。どうしているか気になってな」
「……ありがとうございます。元気でやってます。前と変わらずに。ですから、ご心配には及びません」
「時々こうして会いに来て良いか?」
シャルル様の言葉に耳を疑った。
「いけません。領主様やミシェル様に怒られます。ペットならこのショコラちゃんがいるじゃないですか。とっても可愛いですね」
ショコラをシャルル様の腕に返した。
ぬいぐるみのよう小さくて、ふわふわしているショコラが、短い尻尾をフリフリした。
「違うんだ、ローサ。聞いてくれ。ペットではなく、俺の恋人になってくれないか」
「え? こ、こ恋人って。シャルル様、ご婚約者は……子爵令嬢様のお家に婿入りされるのでは」
「取り止めた。勘当されてもいいから、ローサを追いかけたいと領主様に頭を下げたら、あっさり了承してくれたよ。元々、俺にはあまり期待していなかったそうだ。優秀な息子が3人いれば十分、四男はいてもいなくてもどっちでもいいそうだ。子爵家に婿入りした後で面倒を起こされるよりは、マシだとさ」
「そんなぁ……」
シャルル様が願い出たとは言え、そんな風にあっさり承諾されるなんて。
「そんな顔をするな。晴れて自由の身だ。晴れ晴れしい気持ちだ。いてもいなくてもいいような家のために、敷かれたレールの上を歩くだけの人生など糞食らえだ。身分や後ろ楯がなくても、俺は俺の力だけで食ってける自信がある。ああ、このショコラと、ローサを養っていく自信もあるぞ。だから、ここへ通って来てもいいか? ローサを口説き落としたい。ミシェルに『一時の感情に身を任せて、破滅するなんて馬鹿か』と言われたが、これが一時の感情でないことと、俺は破滅しないってことを、今後証明していく。ローサには証人になってほしい」
「シャルル様……どうして私なんか。私のどこが良いのですか? シャルル様なら、もっと綺麗な女性がいくらでも……」
「いくら綺麗な女がいても、俺はローサがいい。好きなところを挙げろと言うなら、いくらでもそうしよう。まず可愛いだろ。いちいち反応が可愛い。すぐ赤くなるし、すぐびくっとするし、敏感で耳が弱いのも可愛い。それに髪の毛がすべすべで撫でるのが好きだ。手のひらが幸せになる。声も好きだ。喋り方も。焦ると上ずるところも可愛い。けど意外と大胆で、肝っ玉が据わってるところもあるよな。弟のためにと、弟想いなところも、妬けるがローサの良いところだ。俺はローサの弟が羨ましかったんだ。出会うなりルナを魅了し、2人きりの姉にも愛されていて。俺は3人兄がいるが、仲が良くないからな。出来の悪い弟だと蔑まれ、疎まれてきた」
自嘲気味に口角を上げるシャルル様の、いじけた様子に何故かキュンときた。
ああ、これだ。ペットになれと言われたときも、シャルル様がどこか放って置けなくて、ぐっときたのだ。私が一緒にいて、その淋しさに寄り添ってあげたいと。傲慢にもそう思ったのだ。
「ミシェル様は、きっとシャルル様のことを本当に心配しておられるんだと思います。嫌な役をして私を追い払ったのも、シャルル様のためになると思ってのことでしょう。だからといって、ミシェル様の望むままに行動するのが良いとも思いません。シャルル様がお家を出て、伸び伸びとご自分らしく活動できると仰るなら、それが一番だと思います」
「ローサ、ありがとう。では、ここへ通って口説く許可は得たのだな」
そういってシャルル様はショコラを抱いたまま、私に顔を近づけた。
あー!というルナの叫びが、シャルル様の背後から響いた。
戦利品をぎゅうぎゅうに詰めたリュックを背負った弟も立ち止まり、目を丸くしてこちらを見ている。
ルナがいつか言ったように、ダブル結婚式を挙げる日も近いかもしれない。