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お役目御免



その数日後、とうとう領主様から呼び出しを食らい、注意されたようだ。シャルル様が憤慨しながら、部屋へやって来た。


「くそっ、ミシェルめ、告げ口しやがって。ローサ、領主様から退城命令が出た。とりあえずここは出て、宿へ行こう」


腕を引くシャルル様に慌てた。


「どうして宿なんです? ここを出て行けと言われたのなら、私は帰っても良いんですよね、元の家に」


「元の家には、弟嫁のルナがいるぞ。ここから遠いし、通いにくい」


「通うって、誰が、どこにです?」


「俺がローサのところに、に決まってるだろ。城で飼えないなら、よそで飼って会いに行くしかあるまい。近くの宿を一室借り上げて、ローサの住まいにする。食事は部屋へ運ばせるし、必要なものは買い揃える。不自由はさせない。ああ、だが俺の許可なしに出るな。宿の女将に見張りをさせる。他の者に会わせないように」


それって場所が変わっただけで、ここにいるのと同じですよね?

城で囲うのをやめて、外で囲って、シャルル様はお忍びで通って来ると。

なんだか余計に『愛人』感が増した気がする。


「それって、領主様やミシェル様には内緒でってことですよね。お二人は反対されてるんですよね、私がシャルル様のペットであることに。ご婚約者様に知られると、まずいからですよね?」


「家族はまずいと思ってるようだが、俺は大丈夫だと思うがな。ああそうか、婚約者の了承さえ得れば、解決するのか。ペットつきの婿入りを認めてもらえば、何もコソコソする必要はない。今から子爵家へ行って、話をしてくる」


「えっ! そ、そそれは絶対におやめになったほうが!」


シャルル様の自信が謎だ。

もし私が子爵令嬢様で、「俺はペットで人間の女を飼っている。婿入りするときには一緒に連れて行く」なんて婚約者に言われた暁には、すごい変態が現れたとおののくだろう。

ビンタもので婚約破棄だ。


「何を大声で騒いでんのさ」


声がして振り向いた。ミシェル様がお目見えだ。


「シャルル、往生際が悪いぞ。領主様のご命令だぞ、背くな。第一、そのペットちゃんも家族のもとに帰りたがってるじゃないか。帰してやりな」


「ミシェル、お前のせいだぞ」


「この馬鹿弟。僕が言わなくても、アンドリューが言うし、お前が婿入りするときに発覚したのでは遅いだろうが。つまらん世話を焼かすな。レイモンド、サイモン、娘を丁重に家に送り届けろ」


はいっと良い返事をした兵士2人が、私の両脇に回りこんできた。連行される罪人みたいだ。


「別れの挨拶くらい、待ってやるから手短にな」


ミシェル様がシャルル様に言った。


「別れは言わぬ」

「馬鹿。強情だねえ。ザカリー、シャルルへ例のものを渡せ」


後ろへ控えていた使用人が、歩み出てきた。

その手には、チョコレート色のくるんくるんの巻き毛の、垂れ耳の可愛い子犬が抱かれていた。


「ほら、シャルル。新しいペットだ。ルナの代わりに犬が欲しかったんだろう? 本物の犬だぞ。可愛いぞ。母犬離れしたばかりで、寂しがってる。可愛いがってやれ」


使用人は子犬をひょいと両手で持ち上げて、シャルル様へ差し出した。

こぼれ落ちそうなほど大きな茶色い瞳が、不安げにシャルル様を見つめている。

くうぅーん、とすがるように小さく鳴いた。


あ、これは無理だ。本物の『可愛い』の威力!

これを拒否して受け取らないという選択肢はあり得ない。犬好きならイチコロだ。

シャルル様もご多分に漏れず、ハートを射貫かれたようだ。

すっと手を出して、子犬を受け取った。


ああ良かった、これで一件落着だとほっとすると同時に、とてつもなく寂しい気持ちに見舞われたが、微笑んでごまかした。

兵士に連れられて、静かに部屋を出た。


さようなら、シャルル様。

優しくてワガママな、私のご主人様。

その子犬もきっととても可愛がられて、子爵家への婿入りの際には、連れて行くのでしょう。

その子ならきっと、子爵令嬢様も笑顔で受け入れてくれるはず。



ここに来たときと同じように三時間馬車に揺られて、家へ戻った。

弟は喜んでくれるだろうかと、一抹の不安がよぎる。ルナとすっかりおしどり夫婦をしていて、小姑はお邪魔虫だったらどうしよう。


玄関のチャイムを鳴らすと、弟とルナが2人揃って顔を見せた。


「姉ちゃんっ! お帰り! どうしたの!? あい……シャルル様は一緒?」


私の背後をうかがう弟は少し警戒している。


「ううん、1人よ。あのね、お役目御免になったの。領主様とご長男様に、シャルル様のペットでいることを反対されて。人間をペットとして飼うなんて、やっぱり変よね。だから、またここに住んでもいい? お邪魔かしら?」


「もちろんいいよ、邪魔なわけあるか。ここは姉ちゃんの家だぞ。ほら早く入って」


ルナがお茶を淹れてくれ、飲みながら3人で話した。

私を手放さざるを得なかったシャルル様に、ルナはひどく同情を示した。シャルル様がお可哀想だと。ルナがそれを言うかと苦笑したが、ルナには良くも悪くも全く悪気がない。


「大丈夫よ、シャルル様にはもう新しいペットがいるの」


「なあ姉ちゃん、あいつーーシャルル様のこと、もしかして好きになりかけてたとか?」


「えっ」


弟の言葉に目を剥いた。


「だって、すごくしょぼくれた顔してんだもん。帰れて嬉しいって顔、してないぞ」


「そんなことないわ。3時間も馬車に乗っていたから、疲れてるの。ただの疲れよ」


「あっ、そうか。それは疲れるよなあ。姉ちゃんの部屋そのままにしてるから、あっ、シーツはちゃんと日干ししてあるから、横になって休みなよ」


「ありがとう、フレディ」


ベッドに横になると、シャルル様の顔が浮かんだ。


『おいで、ローサ。長旅で疲れたろう。一緒に休もう』


もうああやって抱きしめられて眠ることは、この先一生ないのだと思ったら、切なくなった。ああ駄目だ、感傷的になっている。もうシャルル様のことは忘れなくちゃ。


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