ご主人様の婚約者
「うわ、本当に飼ってる」
ある日、シャルル様のお留守中に、シャルル様のお兄様が部屋にやって来た。
前に会ったお兄様とは別人で、こちらのお兄様のほうが年上に見える。
「やあ初めまして、僕はこの家の長男のミシェルだよ。三男のアンドリューから、シャルルが女の子を飼い始めたって聞いてね。気になって見に来たんだ。シャルルには内緒ね」
人差し指を唇の前に立てて、しいっとしたミシェル様は、シャルル様によく似ている。
だけどご長男というだけあって、シャルル様より大人びた雰囲気だ。そして野性味が薄い。
「末っ子のシャルルは永遠の反抗期でね。誰にも相談せずに変なことをする癖がある。1人で魔物の巣窟に乗り込んで、S級冒険者顔負けの狩りをしたりね。まあ色々と持て余してるんだろうと大目に見てきたけど。君はどういう経緯でシャルルに飼われてるのかな? 話しておくれ」
穏やかな口調ながら、有無を言わさない圧を感じる。
領主様のご長男ということは、次期領主様だ。逆らってはいけない。
緊張を覚えながら、これまでの経緯をかい摘まんで話した。
ルナの変身に関しては、話さずにおいた。
人狼族はその物珍しさ故に、人間に乱獲されて滅びたと聞く。ルナに魔法がかけられていたのは、生き残るためだ。
その存在が明るみに出て、一族の悲劇が再びルナに降りかかることだけは回避したい。
ミシェル様は私の話を静かに聞き終えると、深い溜め息をついた。
「なるほど、事情は分かった。ルナを君の弟に譲った代わりに、君がシャルルのペットになった、と。シャルルも人並みにそういう年頃になったんだな、女に全く興味のない奴だと思っていたが。だが、城で囲うのは行き過ぎた行為だ。このことが婚約者のジュディ子爵令嬢の耳に入れば、嫌がられるだろう。結婚前から、実家で女を囲っているなんてな。何を考えているんだか、我が弟ながら呆れるよ」
ミシェル様の言葉に驚いた。
「シャルル様には、婚約者がおられるんですか?」
初耳だ。
「ああ。シャルルは四男だからね。跡取りのいない貴族家の婿に入ることが決まっている。三男のアンドリューも他領土の伯爵家令嬢と婚約している。次男は王家の側近として、都へ上がっているけどね」
ミシェル様は私をじっと見て、冷酷な口調で言った。
「だからね、君の出る幕はないんだよ。色仕掛けでうまくシャルルの懐に入り込んだようだけど、所詮遊びの女だ。そのうち飽きて、ポイだ。そのとき孕んでなきゃいいけど」
「は、孕むだなんて、そんなこと。私とシャルル様は、純粋に……」
純粋に、ペットと飼い主なのだと胸を張って言えることでもない。
「純愛だとでも? 可哀想だけど、君はそうでもシャルルはそうじゃない。泣いても笑っても、子爵家への婿入りが決まってるんだから。そこへ君を連れては行けない。そのくらい分かるだろ? 傷が深くなる前に、別れなさい。シャルルには僕から……いや、領主様に報告して、領主様から言っていただくよ」
領主様はアグレッシブなお方だ。自らの足で出向いて、領土内の問題解決に当たっていらっしゃることが多く、大抵ご不在だ。
その領主様に代わって、城内のことはご長男のミシェル様が対応されているようだ。
しかし今回のことは、領主様へ報告が行くらしい。
その夜、部屋へやって来て、いつものように私を抱きまくらにして眠ろうとするシャルル様に、そのことを告げようかどうか迷った。
ミシェル様に口止めされている。
「ん?どうかしたか?」
シャルル様が不思議そうに私を見た。
「あ、あの……シャルル様は、お付き合いされている女性がいらっしゃいますか?」
「お付き合い……婚約者は一応いる。領主様がお決めになった子爵令嬢だ。月に1度、茶を飲む程度の付き合いだな。どうして急にそんなことを聞く?」
「そのご婚約者様が、このような姿を見たらお怒りになるのでは」
「このような姿とは?」
自分で説明するのも恥ずかしい状況だ。
シャルル様の腕に包まれて、吐息がかかるほど顔が近い。
説明するために現実を直視した途端、心臓がばくばくと大きく音を立て始めた。
止まって心臓! シャルル様に聞こえてしまう。
「ペットを可愛がってるだけだ。やましいことはない。ローサは何も心配するな。ちゃんと責任を持って、一生面倒を見る」
てことは、婿入りするときに私も連れて行くおつもりなのか。
実家からお気に入りの側近や女中を、結婚する先に連れて行くというのは、男女どちらでも聞いたことはあるが、人間のペットってどうなんだろう。
きっと無理です……シャルル様。




