囲いこみ
それから数日、私はシャルル様のペットとして飼われた。
あてがわれた広い広い部屋で、部屋着のままごろごろして過ごし、シャルル様は手が空くとやって来て、私の髪を撫でたり、抱きしめて匂いを嗅いで帰る。
最初はとても恥ずかしかったが、「私はペット、私はペット」と自分を言いくるめ、それらしく振る舞うようにした。
シャルル様の言うように自意識を捨てて、ただ心地良さに身を委ねれば、最高にリラックスできた。
肩の力を抜いて、シャルル様に寄りかかり、温かい腕に包まれると、まるで胎内にいる赤ん坊のような気分になれた。
両親が早くに亡くなり、弟の保護者代わりとしてずいぶん気を張って生きてきたのだ。
ここにいれば衣食住には恵まれているし、先回りしてあれこれと心配する必要もない。
ただご主人様が会いに来てくれるのを心待ちにして、可愛がってもらえばいいのだから。
だけど、と思った。
数日建物に閉じ込められていると、さすがに閉塞感を抱く。
城内はとても広いけれど、勝手に1人で出歩くのは禁じられていて、シャルル様が散歩に連れ出してくれるが、城壁の外には行けない。
「ここにいたのか。どうした?ーー元の家が恋しいのか?」
部屋付きのバルコニーから外を眺めていると、外出から戻ったシャルル様に声をかけられた。
「弟たちが気になります。1度様子を見に、連れて行ってくれませんか。シャルル様も、ルナが元気にしているか気になるでしょう?」
「いや。俺を捨てて、会って3日の男を選んだような薄情なペットのことは、もうどうでもいい。今の俺にはローサがいるからな」
あまりにキッパリと言われて、返す言葉に詰まった。
「ローサは? そんなに弟に会いたいか」
「はい、勿論。唯一の肉親ですし、元気にしているか心配です。少し様子を見に行って、すぐにここに帰って来ますので」
「元気だ」
「え?」
「一昨日だったかな。ローサに会わせてくれと城へ押しかけて来たから、門前払いした。心配いらぬ、元気そうだった。ルナとも何だかんだ上手くやってるそうだ」
そう言って口角を上げるシャルル様は、いつもの安らげる笑顔ではない。最初に会ったときのような嫌な感じだ。
「ど、どうして門前払いしたんですか。せっかくここまで来たのですから、一目会って、話をするくらい……」
「駄目だ。弟はローサを取り返すつもりで来ていた。弟に会って、ローサがここを出て行きたくなっても困る」
シャルル様はピシャリと言った。
「良いかローサ、お前はもう俺のものだ。外には出さぬ。信頼して外に連れて出たがために、ルナのようになっては、かなわんからな。『運命の恋』なんてものに出会わせてたまるか。嫁には行かせない、ずっと俺のペットだ」
シャルル様の青い瞳には『本気』と書いてあった。狂気めいたものさえ感じさせる。
その気迫に圧倒されて、思わず頷いた。
シャルル様は満足そうに笑い、良い子だと褒めてくれた。
後で1人になったときに、そのことを反芻して、色んな気持ちがぐるぐると渦巻いた。
シャルル様は、一生私を城の外へ出さないおつもりなのか。これが『囲われる』ということなのか。
貴族は正式な妻の他に愛人を持ち、城内に囲うことがあると聞く。でも私は愛人ではなくペットだ。
「私は動物じゃないわ」と憤慨する反面、「でもペットなのよね」と納得する部分もある。
そもそもの話、人間をペットにするなんて、やっぱり奴隷とそう変わらない気がする。
虐待されず、溺愛されているけれど。
翌日、シャルル様に渡されたのは、ラベンダー色のラム革のチョーカーペンダントだった。
小さな楕円形の銀色プレートが付いている。私の名前が刻まれている。
「オーダーメイドだ。特別な素材で作っていて、そう遠くない場所なら、どこにいるか把握できる。迷子にならないようにな」
あっと思った。
「ルナの首輪もですか? シャルル様がルナを探しに来たとき、どうしてうちにいるって分かったのか不思議だったんです」
「ああ、そうだ。手負いの魔物をルナが興奮して深追いしてしまってな。慌てて追ったんだが、他の魔物に囲まれてしまって、そいつらを片づけるのに手間取った。その間にローサの弟にさらわれたってわけだ」
さらったんじゃなくて、助けたんですけどね。シャルル様の脳内では、弟はすっかり略奪者に変換されてしまっている。




